君の一番欲しい物。についての記述。-4
成長するにつれ、毎晩のように見るようになった東の夢で、サーフィは母の『東の民のサーフィ』になっていた。
夢は毎日、少しづつ違っていた。
近所の友達と遊びまわっていた、子どもの頃の日。
初めて剣士として城にあがった日。
両親の葬儀の日……。
そんな中で、特に繰り返し見るものが、いくつかあった。
シシリーナ国の使節団が、東の国と貿易の契約をするために、やってきたのだ。
彼らを率いてきた代表は、まだ青年時代のカダムだった。
どういうわけか、カダムは毎日のように高額な贈り物を渡そうとして、サーフィを困らせた。
東のサーフィは、カダムが嫌いだった。
部下への接し方を見れば、そいつがどんな人間か、わかるというものだ。
かといって、大国からの使者に無礼な真似もできず、婉曲に断り逃げ回っていたが、ついにある日、たまりかねて怒鳴った。
『私は、貴殿から宝石など頂きたくないのだ!それは他に欲しがる女人へ贈っていただきたい!』
『この真珠は、お前にさぞ似合うと思うが、気に喰わないのか?それなら金細工でも何でも、望むものを言え。すぐに取り寄せてやる。』
的外れな回答をするカダムに、いっそう腹が立ったが、大陸の不慣れな言葉で、サーフィは懸命に説明する。
『違う!そうではない!私が言いたいのは、貴殿の贈り物は、刀と同じという事だ。』
『どういう意味だ?』
『つまりは一方的な力だ。向ける相手を幸せにはしない。』
『これは、お前に対する好意だ。惚れた女に贈り物をして、何が悪い?お前は喜んで受け取るべきだ。』
『いらないと言っている相手に、無理に突き出す以上は、何であろうと武器と同じだ。そのネックレスが、私には首枷に見える。』
『俺がこれを渡す代償に、お前を縛りつけようとしてるとでも、言いたいのか?』
傲慢な口調で、カダムは真珠のネックレスを突き出す。
『馬鹿な遠慮せずに、受け取れ。お前のような美しい女は、もっと身を飾る喜びを知るべきだ。女の価値は、どれだけ美しくなり、かつ有能な男に愛されるかで決まるものだ。』
『貴殿の国ではそうかもしれぬが、この国では違う。』
『どこも同じだ。男と女がいて、その身に価値のあるものだけが、相応しい利益を受ける事ができる。』
あくまで自分の価値観を押し付けようとするカダムを、にらみつけた。
『カダム殿。私は忠義を女王陛下に差出し、変わりに俸給を頂いている。』
『何が言いたい。』
『相応しい利益というのは、それ相応のものを差し出してこそ、得る事ができるのだ。見目が良いとか、血筋とか、そういった理由で不当な利益を貪るのは、恥ずべき事だと私は思っている。』
『なるほど、一方的に受け取る事は、お前のプライドが許さんというわけか。』
『そうだ。そして私は貴殿に、私の何一つとして、差し出す気はない。だから、貴殿からは何も頂く事はできない。』
『……後悔するぞ。』
『私も武人だ。正式な決闘であれば、いつでもお受けする。』
そして、サーフィはきびすを返して立ち去った。
背後に、突き立つ憎悪の視線を感じながら……。
もし、カダムが背後から斬りつけてきたとしても、軽くかわせた。……いっそ、そうしてくれていれば良かったのに。
それから、場面は変わる。
舞台は東の国ではなく、シシリーナの町並みだ。
ただし、賑やかで美しい町並みは、いまや戦火と人血に彩られた地獄絵図だった。
『約束……したのに……っ!!』
血を吐きながら、なんとか声を絞り出す。
倒れたサーフィの目線の先に、大小二つの死体が転がっていた。
故国を捨ててもいいと思うほど、彼女が愛した夫と、その間に出来た息子の、無残な姿だった。
人質に捕られた息子を離すという条件で、サーフィは刀を捨てたのに、カダムの命をうけた兵達は、サーフィの両足を斬りつけて動けなくした後、二人を斬り殺したのだ。
腱を斬られた両足は、もう二度と動かない。
それでも……許さない。絶対に許すものか!!!
倒れたサーフィをぐるりと兵に取り囲ませ、せせら笑いを浮かべているカダムを、睨みつける。
背中に衝撃と激痛が走る。せりあがる血が喉を塞ぎ、視界が赤く染まる。
――肺を……刺された……。
――ダメだ……この傷では……もう……。
『気をつけろ!ヘルマンの所に連れて行くまで、完全には死なすな!』
ーーヘルマン?
最後に聞こえたのは、その言葉だった。
あとはひたすら、痛みと悲しみと憎悪の、赤い闇が続くだけだった……。
「……遅くなりまして、申し訳ございません。」
カダムとソフィアの座る玉座の前で、丁寧にサーフィはお辞儀をする。
ソフィアは何も言わず、黙ってみているだけだ。
カダムは少し文句をいったが、それ以上は特に咎める気もないようだった。
いつも通り、玉座の後に立ち、国王夫妻に面会に来る客達を待つ。
ーーあれは、夢だ。だが、確信がある。
本当に起きた、過去の出来事を夢に見ているのだ。
ヘルマンへの恋心が募る以上に、カダムへの憎悪が加速をまして、サーフィの中に渦巻いていく。