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氷炎の舞踏曲
【ファンタジー 官能小説】

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吸血姫のささやかな夢、についての記述。-1

 ヘルマンさまを、また怒らせてしまった……。
 立ち去る後姿を、サーフィは悲しい気持ちで眺めた。
 彼はサーフィにとって、創生者であり教師であり、何よりも大好きな人だ。
 彼はいつも人当たりがよく、丁重な物腰で、皆から忌み嫌われているサーフィにも、とても親切にしてくれる。
 ただ、他の人には、どんな無礼な事を言われても怒らないのに、ときおりサーフィに、 とても苛立っているのを知っている。
 それでも彼はサーフィを、誰も入れないあの書斎に、快く迎えてくれるのだ。
「ヘルマンさま……。」
 よく晴れた春の空が、芝生の新緑や花壇の花をきもちよく照らしている。
 白亜の城とあいまって、とても美しい風景だ。
 白大理石の壁に、雪花石膏でできた白い神々の彫像を随所に置き、色鮮やかなステンドグラスの窓で飾られたこの王宮は、その美しさから、よく楽園やおとぎの城にたとえられる。
 庭園にも一切の妥協はなく、裏庭であっても、木々は可愛らしい形に刈り込まれ、手入れされた花壇に日差しが降り注ぐ様は、本当に神々の楽園のようだった。
 『吸血姫』と呼ばれるが、サーフィは太陽も十字架も恐ろしくはない。
 ただ血を飲む、それだけが致命的に人間とちがうだけだ。

 もっと小さな頃は、ヘルマンを恨んでいた。
 君が血を必要とする事を知っていて造ったと、平然と言う彼を、ひどく嫌悪した。
 それが大きく変わったのは、数年前の事だ。
 城に付属している教会へ、まだ若い司祭が赴任してきた。
 明るく熱意ある青年司祭は、『吸血姫』であるサーフィに、もう血を飲んだりする事は止めなさいと、熱心に勧めた。
「これは君のためだよ。心から祈れば、神はきっと君を見捨てたりしない。私はね、君を救いたいんだ。」
 そう言われて、本当に嬉しかった。
 こんな私を、救いたいと考えてくれる人がいると有頂天になり、信頼に応えたいと思った。
 もう決して血を飲まないと、司祭に約束した。
 ヘルマンに、三日飲むのを止めれば死ぬ、と言われていたが、本当に止めた事はなかったし、もしかしたら……という期待もあった。

 あんな残酷な錬金術師のいう事など、全てが嘘かもしれない。

 本当は、私は普通の人間で、血なんか飲まなくても平気かも。
 もしそれが証明できれば、皆に受け入れてもらえる。友達ができる!もう寂しくない!
 ヘルマンに渡された血を、飲んだふりをして捨てた。
 一日目は、何ともなかった。
 二日目に、軽い熱が出た。
 三日目に、焼け付くような喉の渇きと空腹感に襲われた。
 それでも、シーツを頭からかぶって耐えようとした。
 医者が来ても、なんでもないと言い張って、見せるのを……人間をみるのを拒んだ。
 もし見たら、きっとその場で噛み付いてしまう事が、飢えた頭で解った。
 そんな事をしたら、見境なく人を襲う吸血鬼だと、証明するようなものだ。
 ひたすら、神さまに助けてと祈って、眼を瞑った。

 日暮れになると、もう渇きと空腹感すら感じなくなってきた。
 力がまったく入らず、指一本動かせない。
「君は、死にたいのですか?」
 突然、冷ややかな声と共に、バサリとシーツがはぎとられた。
「……。」
 視線だけはなんとか動いたが、衰弱しきった身体からは、もう声も出なかった。
 とても冷たい表情をしたヘルマンが、血の入った試験管を片手に、立っていた。
「それなら止めませんよ。君の人生をどうするかは、君の自由ですからね。」
 目じりが熱くなって、涙が頬を伝った。
 死にたいわけじゃない。ただ、受け入れてもらいたかっただけ。
 寂しかった。この孤独から救われるなら、何でもした。
 誰かたった一人で良いから、受け入れて欲しかった。

――私は、やっぱり血を飲まずには生きられなかった。それでも……。

(もっと生きたい。死ぬのは嫌。たすけて、たすけて……。)
「…………。」
 乾いてひび割れた唇は、かすかに動いただけで、声にはならなかったけど、ヘルマンには伝わったらしい。
 サーフィを抱き起こし、試験管を口元に当て、傾けた。
 けれど、もう上手く飲み下せずに、血は唇を伝って零れ落ちてしまう。
 ヘルマンは眉をひそめ、自分の口に試験管の中の血を含むと、口移しでサーフィの喉奥に流し込んだ。
「っ……。」


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