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氷炎の舞踏曲
【ファンタジー 官能小説】

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吸血姫のささやかな夢、についての記述。-3

「サーフィ!」
 ふいに後からかけられた声に、思い出を打ち破かれ、サーフィは弾かれたように振り向く。
「陛下……。」
 あわてて、ドレスの裾をつまんで広げ、敬礼する。
 数人の兵を従えた国王……サーフィの主である、カダムが立っていた。
 もう四十代も終りに近いが、野心に満ちた精力的な迫力は衰えていない。
 太い眉の下の両眼は、残忍さをたたえ、見るものを畏怖させる男だ。特徴的なワシ鼻の下に、手入れされた口ひげが左右対称に収まっている。
 国王らしく、白テンの毛皮で縁取った豪華な濃い紫色の服を、ゆったりと着こなしていたが、王冠の代わりに外出用の帽子をかぶっていた。
 その帽子を見て、サーフィは青ざめる。
 もうとっくに戻らなければならなかったのに、ヘルマンのケガに動揺し、すっかり忘れていた。
「視察に出かけると言ってあるだろう。なぜ、すぐに戻ってこなかった。」
「申し訳ございません。春の日差しに誘われまして……浅慮でございました。どうぞ、ご慈悲を。」
 完璧な謝罪を口にし、頭を下げる。こういった礼儀作法は、サーフィが生きていくためで、絶対に必要なものだった。
 この男の機嫌を損ねれば、もう血も与えられず、生きていく事はできないのだから。
「フン、さっさと来るがいい。」
 もう一度礼をして、サーフィはカダムの後につづく。
 六頭だての馬車に乗り、城の門をくぐり抜け、市街地へつづく道を進んでいく。

 いくつもの国へ続く街道を持ち、海にも面しているシシリーナ王都は、貿易の主要地だ。
 年間を通じて一千万人以上の旅人や商人が行き来し、大通りは平日でもお祭りさわぎのように賑わう。
 広い石畳の上を走る王家の馬車に、行き交う人々は皆、道をあけて頭を下げた。
 王家の馬車は、いつもどおりピカピカに磨かれて、金の塗料が陽光を反射させて輝く。
 今日は正式なイベントごとではないので、馬車の周りにつきそう騎士は、二人だけだ。
 馬車の窓から、満足そうに群衆を眺め、カダムは機嫌よくサーフィの顎を掴んで自分へ向かせた。
「お前は幸せだな、サーフィ。哀れなバケモノの身でありながら、国王の寵愛を受けれらるのだから。」
「……はい、ありがとうございます。」
 にこやかな声と表情になるように気をつけながら、サーフィは答えた。
 青いビロード張りで、厚い毛皮の敷布が置かれた馬車は、わだちの振動さえも、ほとんど気にならない快適さだ。

 馬車は、市街地を一周して、また城へと戻っていく。視察と言っても、たんなる気晴らしなので、降りる事は殆どない。
 買い物なら、出入りの商人が宮殿にいつでも最上級の品を持ってくる。
 街で話題になっている芸人を呼び寄せる事もある。
 その数々の恩恵を受けている自覚が、サーフィにはある。
 いくら孤独とは言え、その日暮らしもやっとの孤児も世の中には多い。少なくとも自分は、衣食住を十分に与えられている。しかもとびきり上等の。
 だから悩んだ末、この間つい、ヘルマンに尋ねてしまったのだ。
 今の生活を不満に感じる私は、贅沢な愚か者なのだろうか?
 こんなにも愛して欲しい、受けいれて欲しいと願いながら、カダムの口から出る『愛』は、いつでも安っぽいまがい物のように感じる。
 それは、私のわがままなのでしょうか……と。
 馬車の窓から、仲良さそうに連れ立って歩いている人々を見るたびに、ヘルマンの顔が頭に浮かぶ。
 サーフィの密かな、たった一つの願いは、いつかヘルマンと、自由に街を歩く事だ。
『君が一人前の護衛になるまで、面倒を見ます。』と、彼は昔言ってくれた。
 それなら、一人前になったら、彼はいなくなってしまうのではないかと、不安でどうしようもなくなった末に、わざと負けるような真似をしてしまった。思い出しても自分のしていた事は情けない。
 それでも、ヘルマンはもう少しここにいると約束してくれた。
 彼は絶対に嘘をつかない。約束を守る人だ。
 だからサーフィも、きちんと約束を守ろうと、心に誓う。

 どんなに辛くとも、いつか別れなければいけない日は来る。
 その時に少しでも、ヘルマンの記憶に、良いものとして残して貰いたかった。
 


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