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氷炎の舞踏曲
【ファンタジー 官能小説】

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吸血姫のささやかな夢、についての記述。-2

 鉄さびの匂いのする生暖かい液体が、ヘルマンの舌で差し出される。
 コクン、と喉が動いたのを確認して、ようやく唇が離れた。
「ぁ……」
 じんわりと体中が暖かくなり、緩やかにだが、力が戻ってくる。
「しばらくは安静にする事ですね。」
 ヘルマンの端正な顔に、柔らかい笑みが浮かぶ。
 とても冷酷な人のはずなのに、なんて綺麗に笑うのかと、それだけがぼんやりと頭に浮かんだ。
「なんて事をしてくれたんだ!!」
 突然、大声と共に、青年司祭が部屋に飛び込んできた。怒りに顔を歪め、ヘルマンに詰め寄る。
「おや?」
 ヘルマンは、いつもの人当たりの良い笑顔を司祭に向けた。
「司祭さまにしては、勉強不足ですね。吸血鬼の定義をご存知ありませんとは。彼女は吸血鬼ではありませんよ。僕の造ったホムンクルスです。」
「血を吸う以上は、同じ事だ!」
 怒りで顔をゆでエビのような色にしながら、青年司祭はカーペットを踏み鳴らす。
「彼女をそそのかしたのは、貴方でしたか。くく……、とんだ慈悲深い聖職者さまだ。」
 口元には笑みを浮べたまま、ヘルマンの声の温度が低くなる。
「彼女は死ぬ寸前でしたよ。これは努力や信仰でどうなるものでもない。」
「それなら、そのまま死なせろ!もう少しで、吸血鬼を殺す事ができたのに!!」
「え……?」
 横たわったまま、信じられない思いで、サーフィは司祭を見上げる。
「罪深いバケモノなど、害虫も同然だ!生かしておいたら、信心深い者達の害になる!!」
「しさい……さま…………?」
 更に視界が歪み、零れ落ちた涙がシーツに染み込んだ。
小さな目と頬に浮かぶそばかすが親しみを呼ぶ、優しくしてくれた司祭さま。
 あんなに、親身になって優しい言葉をかけてくれたのに……『君を救いたい。』そう言ってくれたからこそ、信じて命を賭けてみようと思ったのに……!!
「わ、たし……しにたかった……じゃ……ない……みんなと……なかよく……したかっ…」
「……っ。」
 一瞬、しまった。と、いう表情を司祭は浮べた。
しかし、サーフィに優しく語りかけてくれた顔に、今度は開き直った侮蔑を浮べる。
「吸血鬼の分際で、神に愛されると、本気で思っていたのか!?図々しいにも程がある。」
「……あ、あ……あ」
「あのまま死ねば、救われるかもしれないと、希望をもったまま死ねたのにな。この無責任な男を恨め!」
 聖書を高らかに読み上げるように、薄い唇が大きく動く。
「貴様のようなバケモノなど、永遠に救われるものか!!!」
「―――――ぁ」
 それ以上、声をしぼり出す気力はサーフィになかった。
 それでも……あのまま死ねばよかったとは思わなかった。死ぬものか、逆にそう思った。

(これくらいで負けるな!!生きて、生き延びて、いつか………!!)

 誰かが脳裏に囁く。
 サーフィ自身の声によく似た女性の声だった。
 その言葉が示す意味はわからなかったけど……。
――そうだ。こんな傷で、私は立ち上がれなくなったり、しない!!
 ヘルマンは、チラリと視線をサーフィに向けたが、すぐ司祭に向き直る。
「彼女を造ったのは僕だと、そう言ったはずです。」
 静かな威圧感に、司祭の顔がひきつる。
「お前も……っ……知っているぞ!フロッケンベルクの、不老不死のバケモノ……!」
「僕の身体については、今は関係ありませんよ。ともかく……」
 一歩、ヘルマンがゆっくりと足を踏み出す。
「彼女が血を必要とする件に関して文句を言いたいなら、それを知っていながら彼女を造った、僕に向けて言うベきです。」
 これ以上ないほどはっきりと、そう断言するのを、サーフィはぼうぜんと聞いていた。
「彼女には、何の罪もない。」
「っ!……開き直る気か!?」
「事実ですよ。他の人にも言っておりますが、貴方にも理解していただけないようですね。」
 完全に気圧された司祭は、ロザリオを握りしめながら、よろよろと戸口へと後ずさった。
「二人とも、教会の裁判にかけて、今度こそ処刑してやる!」
「おやおや。裏の実情を知りながら食い下がる、愚者かと思いましたが、本当に無知なだけでしたか。」
 のんびりと、にこやかにヘルマンは答えた。
「彼女の事は、大司教様もご存知ですよ。もちろん、僕の事もね。あの方は錬金術ギルドのお得意様ですよ。それこそ、この国を乗っ取るのには、大司教様もずいぶん協力してくれましてね。」
「なっ!?」
「余計な事を申したら、貴方の首が飛ぶだけでしょうね。」
「でっ……でたらめをっ……!!」
「くくく……。僕は嘘を申しませんよ。しかしまぁ、信じる信じないは、ご自由に。」
 転がるように司祭が出て行った後、ヘルマンも黙って部屋を出ようとした。
 必死に手を動かして、なんとか白衣の裾を掴む。
「ん?どうかしましたか?」
 怪訝な顔を向けられ、やっと言葉をつむいだ。
「あ、りが、と……ござい……ま、す…………」
「……君に気を使ったのでは、ありません。」
 面白くなさそうな表情を浮かべ、ヘルマンは顔をしかめる。
「嘘をつくのは嫌いでしてね。だから、僕は自分の気が済むように、事実を述べただけですよ。」

 司祭に裏切られた傷は、とても辛かった。
 それでも、あの事件でサーフィは気づいたのだ。
 ヘルマンだけが、サーフィと会話をしてくれていた。
 『バケモノへ、一方的に自分の言葉を投げつける』のではなく、『普通の人間と、言葉のやり取り』をしてくれる。

 何百人もの人間が暮らすこの城の中で、それをしてくれるのは、未だに彼だけだ。



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