孤独な少女についての記述-1
そして、十ニ年と少しが経った。
春の夜風が城の庭園を吹き抜け、ヘルマンの髪を揺らす。
シシリーナ国の王都周辺は、四季がはっきりしており、寒すぎることも熱すぎる事もなく、世界一過ごしやすい地域と言われている。
春の空気には、満開に咲いた花の香りがたっぷり含まれているが、今夜はそれに、鉄さびの血の匂いも混じっていた。
「サーフィ、暗殺者を始末するのは、君のお仕事です。手抜きしちゃいけませんよ。」
傍らの草地に座り込んでいる少女にそう言い、ヘルマンは手に持ったメスから、血を振り落とした。
縛り上げられ、兵士に連行されていった男の罵声が、風に乗ってきれぎれに届く。
夜の闇にまぎれてカダムの暗殺に来た男のものだ。
反乱の時に身内を殺され、カダムを恨んでいるとか……そんな所だろう。この城には、そういった『来客』がしょっちゅう来る。
整理券でも配ったほうが良いんじゃないですかね。と、思うほどだ。
「手抜きなど……あの人が、強かったのです。」
まだあどけなさの残る少女は、ヘルマンを見上げて弁解する。
艶やかな白銀の長い髪は、不思議な輝きをもつ赤い鉱石の髪留めで、サイドテールにまとめられている。
とても美しいこの少女は、サーフィと名づけられた、あの時のホムンクルスが成長した姿だ。
足元の芝生には、彼女の元になった、あの東の女性の刀が転がっていた。
「ヘルマンさまが、助けに来てくれたので、殺されずに済みました。ありがとうございます。」
髪留めの宝石とよく似たサーフィの赤い瞳に、確かな喜びが見えている。
「おかしな事を言いますね。君が本気を出せば、互角に戦える兵士は城でも数人ですよ。」
わざとその礼を無視して、ヘルマンはズケズケ指摘した。
口元はいつものようににこやかだが、言っている内容も視線も容赦なく厳しい。
「手抜きでないなら、あのような、どうみても素人に負けるとは、思えませんが。」
招かれざる訪問者のほとんどは、城の兵士達に捕まる。
腕か運か、どちらかがとびきり良い者だけが、城内にまで潜入してくるのだ。
そういった連中から、いまや国王となっているカダムを守るのが、サーフィの仕事だった。
唇を噛んで俯いたサーフィを見て、小さくため息をつき、ヘルマンはそれ以上の追求をやめる。彼自身は決して嘘をつかないが、その哲学を人にまで押し付ける気は無い。
サーフィは白絹に金の刺繍とリボンで彩ったドレスを着ていた。
肩口がふわりと膨らんだ、流行のパフスリーブで、繊細なレースが襟や手首を飾っている。
外からは見えないようにスリットを入れるなど、動きやすいように工夫はされているが、とても戦闘を仕事にする者の衣装ではない。
それは彼女の見栄からではないのも、ヘルマンは知っているから、責めたりはしない。
彼女は衣服を選ぶ自由さえないのだから。
パフスリーブの片側は無残に破れ、それほど深くは無いが、肩の切り傷から血が流れていた。
「さぁ、ケガの手当てをしますよ。」
そういうと、サーフィは黙ってヘルマンの後をついてきた。