孤独な少女についての記述-6
人生の転機は、それから数日後だった。
城の裏庭で、ヘルマンは泣きじゃくるサーフィの前に、立ち尽くしていた。
よく晴れたうららかな昼下がりだったが、ヘルマンの姿はその和やかな光景に、あまり似つかわしいとは言いがたかった。
いつも通り、一部の隙もない身だしなみには違いない。
ただ左腕の上腕部は切断寸前までざっくり切れて、白衣の袖が赤く染まっている。
新作の兵器を試していた所、思いがけない事故が起きたせいだ。
勿論、避けようと思えば造作なくできた。
ただ、部品を新しく作りなおすよりも、腕を治すほうが手っ取り早いと判断したから、腕の方を切っただけだ。
痛みも何もないし、すぐ治るのだから、いつものように一言で片付く。
どうでもいい。
ところが、偶然通りかかったサーフィが、血相を変えて飛んできたのだ。
何しろ彼女は、信じられないほど足が速い。
医者を呼んでくると走り去るのを、やっと止めた。
不老不死の人間に医者なんか呼んでどうなる。とんだお笑い草だ。
それにカダムの主治医は、まったくのヤブ医者だった。
ヘルマンは彼よりはるかに医学に精通しているが、あくまで錬金術師であるから、特に口をだしたりしない。
せいぜいサーフィが風邪を引いたりした時だけ、効きもしない薬を、こっそり自分が調合したものに取り替えているだけだ。
「僕はこれくらいでは死なないし、痛くも何ともないんですよ。」
そう説明すると、やっと納得したようだが、それでもぽろぽろと彼女の涙は止まらない。
「はて?」
どうにも納得いかずに、ヘルマンは尋ねる。
護衛剣士という立場上、サーフィはよく怪我をするが、それで泣く事はほとんど無い。
彼女が泣くのは、悲しみに耐えかね、傷ついた時だけだ。
「そんなに脅えさせてしまいましたか?」
「っく……いいえ……」
サーフィが首を振ると、一まとめにした銀髪がふるふる揺れた。
「あはは。ではおかしいですね。僕がどうなろうと、君には何の影響もないでしょう?」
それを言った途端、サーフィは大きくしゃくりあげて、更に涙を流した。
「ヘルマンさまのケガは……っく……痛くなくとも……とても、悲しいです……」
「……。」
金縛りにあったように、動けなくなった。顔が強張って、声も出ない。
ヘルマンの変化に気づかず、サーフィは訴え続ける。
「滑稽と笑ってくださって結構です。私のような吸血鬼が、悲しいなど……。」
「…………そういう意味で言ったのでは、ありません。」
やっとのことで、そう言えた。
「え?」
涙で顔中を濡らしたサーフィが、やっと顔をあげる。
「とにかく僕は、平気ですから。」
急いで後ろをむいて、逃げるように立ち去った。
(君は、どうして僕の怪我に心を痛めたりするんですか!?)
大声で、そう怒鳴りつけたかった。
君はその孤独ゆえに、僕にすがる。
けれど、その孤独を作り出したのは、僕なのに!
望んだのはカダムであっても、それに間違いなく僕は加担した。
君を孤独に陥れる罠と知っていて、君を造った。
―――――それを、君は知っているはずなのに……。