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氷炎の舞踏曲
【ファンタジー 官能小説】

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孤独な少女についての記述-4

「僕は嘘をつきたくないだけですよ。君は吸血鬼でもバケモノでもなく、ホムンクルスですし、君が誰の血を飲もうと、何の影響もありませんよ。」
「……。」
「そもそも、僕の血は、君には効力がありませんしね。何しろ僕は、禁呪の影響で、もうまともな人間ではありませんので。」
 きっぱりと、ヘルマンは言い切る。
 これは、君と親しくしたいから言ってるのじゃない、という意味を込めて。
「それだけですよ。」
「あの……それに……」
 サーフィが口ごもったので、代わりに続きを言ってやる。
「僕も他の人間から、気味悪い不老不死のバケモノと言われてるから、ですか?」

 自分でも意地悪いと思う笑みを浮べ、自身の頬を軽く指でなぞった。
 この国に来てから、もう十年以上も時が経つのに、ヘルマンは昔とまったく同じ、二十代の青年の姿のままだ。
 実のところ、ヘルマンは百五十歳を超えていた。
 しかし、彼は歳をとらず、ちょっとやそっとのケガでは、痛みを感じる事も死ぬ事もない。不老不死、というわけだ。
 自分でわざわざ吹聴する事もなかったが、嘘はつきたくなかったから、聞かれたら正直に答えていた。
 しかし、いくら見目麗しいと言っても、魔法にあまり馴染みのないこの国では、あからさまにバケモノ扱いして避けられる事も多い。
 だからといって、別に傷ついたりしないが。
 ヘルマンとサーフィは、異質な人外の存在という点では、共通しているが、決定的に違うのは、そこだ。
 ヘルマンは、自分を冷静に客観的に判断するし、なにより他人に一切の期待をしていないから、誰になんと言われようと、傷つきはしない。
 けれどサーフィは、まだ一遍の期待を抱いているのだ。
 だからこそ、彼女は非難に傷つくし、プロの刺客とも互角に戦えるのに、無礼な使用人に決して手をあげない。
 彼女の望みは服従させる事ではなく、受け入れられる事なのだから。
 もしかしたら、彼女はヘルマンよりもずっと強い心の持ち主なのかもしれない。
 なにもかも『こういうものだ。』と諦めてしまえば楽なのに、ズタボロの心で、崖っぷちに立ち続ける。

「……。」
 返事の代わりに、サーフィは黙って床に視線を落した。
(ほら、本音が出た。)
 小さく口端を持ち上げて、ヘルマンは笑う。
 彼女は傷を誤魔化す痛み止めに、自分と同じ立場の相手が欲しいだけなのだ。
「あはは。君は傷を舐めあいたいだけですよ、サーフィ。」
「……え?」
 サーフィはキョトンと首をかしげ……突然椅子から立ち上がった。
 小さな舌が、ヘルマンの頬をペロっと舐める。
「っ!?」
 あわてて、サーフィの身体を引きはなす。
「あの……傷を舐めあうと……」
「もののたとえですよ。それに国王だって、君を避けないでしょう?君を欲しがったのは、あの人なのですからね。」
「―――陛下は、私に必要な物を全てくださいます。ですが……」
 膝の上で両手を握り締め、サーフィは呟く。
 その手が震えているのに気づいたが、そっけなく答えた。
「死にたくないのでしたら、君は国王に従わなければなりません。文句を言わせずに生き血の提供者を集めるのは、とってもお金がかかりますしね。」
 どんなに残酷でも耐え難くとも、それは事実だ。
 現実はいつだって過酷で厳しい。年齢も男女の差別も、そこにはない。
「わたし、一生懸命お仕事をします。」
「くく……君の稼げる額では、難しいと思いますよ。それに、君の存在を教会に黙らせるには、それなりの権力が必要でしてね。君が思っているほど、世間は甘くありませんよ。」
 この言葉は、サーフィをとても落ち込ませたようだった。
 すっかりしょげかえってしまった少女を、なるべく見ないように、ヘルマンは眼をそらす。
……つい、もう少しこの国にいると言ってしまいそうになった。
 だめだ、ダメダメ!!ダメ、絶対!!!!
 彼女が落胆しようとどうなろうと、知った事ではないはずだ。
 そう必死で言い聞かせる。
「ヘルマンさま、愛とは、本当にすてきなものですか?」
「……唐突になんですか?」
 つとめて冷静な声で、ヘルマンは聞き返した。
 この突然の質問に、動揺している事をさとられたくなかった。
「陛下は毎日おっしゃるのです。愛してやっているのだから、喜べと。醜い吸血鬼でありながら、国王に愛されるお前は幸せだと。ですが……私はあまり、喜べないのです……。」
 うつむいて呟くサーフィを見ながら、ヘルマンは考え込む。

 愛か……。

 しつこく愛の告白をしてくる女は、何人もいた。
 けれど、その誰一人として、ヘルマンが『愛している』と言いたい女性はいなかった。
 それより、適当に遊びと割り切ってくれる女性の方が、まだ好感が持てる。
 じゃぁ、家族愛?
 両親についてはあまり思い出したくない。
 妻子を持ちたいと思った事も無い。
 錬金術ギルドで親しくしている、何人かの顔を思い出してみた。
 他の交友関係も全部。……いずれも、ギブアンドテイクの関係、取替えの効く存在だ。
 多分、向こうにとっても、ヘルマンはそういう存在だろう。
「……僕にはわかりませんね。」
 結局、そう告げるしかなかった。


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