妄想その3-1
妄想その3
平日の朝、時間はまだ9時前…
上品なスーツに身を包んだ女が一人、浮かない顔で歩いていた。
女の名は、瑤子。30歳。
瑤子は、この春、念願の有名幼稚園に入園した娘を送ってきた帰りだった。
同じ幼稚園のママさん達のお茶の誘いを断ってきた瑤子は、駅へと向かういつもの道から外れると、人目を気にするように周囲に目を配らせ、公園の前に停まっている黒塗りの高級車へと歩み寄った。
瑤子が車に近寄ると、待ち構えていたかのようにスッと助手席のドアが開く。
運転席には、趣味の悪いスーツを着た太った中年男が座っていた。
「おはよう、奥さん」
中から、低く篭った男の声が発せられる。
「お待たせしました…。失礼します」
瑤子は、檻に入るような気分で、車の助手席に座ると、外から顔が見えないように俯いた。
男は車を走らせながら、ベージュのスーツを上品に着こなし、気品を漂わせている瑤子にチラチラと好色の視線を向けている。
「奥さん、今日はよく来てくれましたなあ。娘さんは元気に通っておりますかな?」
「はい。お陰さまで、毎日元気に通っています。その節は、色々とお世話になりました」
自分に向けられる視線に気づきながらも、俯いたまま答える瑤子。
名門幼稚園だけあって、先生の質も高く、同級生の家柄も良く、瑤子の娘は毎日楽しそうに幼稚園に通っていた。今の瑤子にとって、それが唯一の救いだった。
「そうか、そうか、それなら私も頑張ったかいがあったというものだ。で、今日はいいんですな?」
男の言葉に、覚悟を決めるように、きゅっとスカートの上で手を握る瑤子。
「は、はい…。でも…このことは…誰にも…それだけはお願いします…」
夫や子供への後ろめたさを感じさせる口調であった。
「フフ…安心しなさい。今日のことは私と奥さんの二人だけの秘密だ」
しばらく走ると、ゴテゴテと派手な装飾を施した安っぽい、西洋のお城のような建物が見えてきた。
男は迷うことなくハンドルを切り、その建物へと車を乗り入れる。
「さあ、奥さん。着きましたよ」
平日のまだ9時過ぎのラブホテル。他に出入りする客もなく、目の前を猛スピードで車が走り去るだけだった。
太った中年男と、人目を避けるように俯き加減の上品なスーツ姿の美女がホテルの中へと消えた。
それは、はた目にも明らかに訳ありの二人といった雰囲気であった……。