第2章-6
幸は強かった、それは愛する子供達の為であり、
自分さえ耐えれば良いのである。
ただずっと忘れていた、男の生々しい感触が幸の身体のどこかでくすぶっていた。
エリカはそんな母の辛い思いを知らない。
疲れた母の肩を揉みほぐすのを日課にしていた。
「エリカ、いつも有り難う、エリカには色々と心配を掛けてごめんね」
「ううん、いいの、エリカが出来ることは、こんなことしかできないから」
しかし、その母はどんな時でも子供達に愚痴をこぼすこともなく黙々と働いていた。
母の思いは、エリカ達を大きく育てることだけが生き甲斐だった。
そんな母を慕い、エリカは幼いながらも、
弟や妹の面倒を見ながら母を助けていた。
それから、
エリカの母の幸は、或る家の家政婦の仕事を見つけてきた。
ある人の紹介である。
更なる不幸の始まりは、その家に彼女が着てから始まった。
それは、家の主人から言い寄られたことである。
彼には病気がちの妻が居た。
それを良いことに、美しい幸に主人は言い寄ったのである。
「幸さん、後で私の部屋に来ておくれ」
「はい、旦那様」
幸は一階に寝ている彼の妻の世話をしてから、二階の主人の部屋に入った。
「参りました。旦那様」
「おぉ、来てくれたね、いつも一生懸命働いてくれて有り難う、礼を言います」
「いえ、とんでもありません、お仕事ですから」
「うむ、それで、実はあんたに特別の手当を上げたいんだが」
「そ、そうですか、今でもこんなに頂いて感謝しています」
主人は四十代の半ばとは言いながら、この美しい家政婦をジロリと見つめていた。
「いや、今の二倍の報酬を上げようと思うんだよ」
「ええぇ、そのような・・有り難いのですが、でも何故でしょう、
こんな私を雇って頂くだけで、私達家族は助かりますのに・・感謝しております」
「それはあんたの気持ち次第なんだがね」
それを聞いて、幸は少し不安な気持ちになっていた。
ここの家政婦として働き、ようやく馴れてきていた、
確かに寝たきりの奥様の世話は楽ではなかったが、
食事や身の回りの世話、
洗濯等を一通りこなせば後は自由な時間があった。
そして、夕飯の支度をして、夕方には子供達が居る家に帰れるからである。
幸は、その家で貰った報酬で買い物をし、
それを子供達に与えることだけが喜びだった。
美しい幸には、いくらかの再婚話もあったが、その気持ちにはならなかった。
幸は子供だけが生き甲斐だからである。
再婚して、男に抱かれて女として生きてみたい・・・
そういう思いが無くはないが、幼い子供達を思うとそれは出来なかった。
その幸を前にして、主人は思いがけないことを言った。
「しばらく、あんたは私の妻の代わりをしてくれないか。
私が求めたときだけで良いんだよ」
始め幸は、その意味を解りかねていた。