F-8
「……河野先生?」
ふと、顔を上げたところ、雛子が声を詰まらせて泣いているではないか。
「ど、どうかしたんですか?」
林田は焦る。不真面目に聞いていたのが原因で、拗ねてしまったと思った。
しかし、そうではなかった。
※「……コトエは、自分が長くないのを悟りながら……記念写真を……」
どうやら、映画の山場を思い出して感極まったらしい。
「コトエって?」
※「……かつての生徒です。卒業して奉公先で病に伏して……そこに先生が見舞いに訪れるんです。
煎餅布団に寝かされたコトエの枕元には写真が……そこで楽しかった頃の思い出を……」
雛子の顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
※「……そして、再び大石先生が分教場に復帰する事になって、かつての生徒逹が歓迎会を開くんです。
十二人いた生徒も、戦争や病気で亡くなって、七人だけとなり……ソンキこと磯吉は戦争で盲目となって……」
最初は馬鹿にしていた林田も、何時しか聞き入っていた。
※「……そのソンキが言うんです。“この写真は見えるんじゃ。真ん中に大石先生がいて、その隣に……”って。
そして、生徒逹から、真っさらな自転車を送られるんです。先生はそれに乗って、再び分教場へ向かうんです」
長い々説明が止んだ。
雛子は手拭いで顔を拭うと、暫く余韻に浸っていた。
対して林田は複雑な心境だ。話のすじが進む内に、雛子がこれ程傾倒するとはどんな作品なのか、逆に観たいと思えてしまったのだ。
「その映画。何時、観たんですか?」
「……去年の秋に。母と一緒に。あの大石先生と父が、私の目標なんです」
「たった一回観た切りで、よくそれだけ内容を覚えられましたね」
「いえ……その後、せがんで父とも兄とも観に行って、計三回観たんです」
「三回ですか……自分も、そんな頃がありましたねえ」
林田はそう言うと、空になったままの湯飲みに酒を注いだ。
「林田先生も、好きだった映画があるんですか?」
「いえ。私は映画でなくて、ラジオ番組でした」
泣き腫らした雛子の目が、急に大きく見開いた。
※「それ!“鐘の鳴る丘”でしょッ」
「なんだ。貴女も聞いてたんですかッ!」
「勿論です!あの頃は高校生でしたけど、授業が終わると慌てて帰ったものです」
「私は大学生で、よく街頭ラジオで聞いてました。主題歌がかかると、周りから歌声が挙がるんですよッ!」
すると、どちらからともなく、歌を歌い出した。