F-6
「では、乾杯といきましょう!」
カチリと湯呑みが合わさり、林田は呻る様に呑み干した。その、余りの呑みっぷりに、雛子は呆れ返ってしまう。
「美味い!……どうしたんです?呑んで下さいよ」
「あ?ああ、はい」
誘われるまま、ひと口、口に含んで呑み込んだ。
「……美味しい」
思わず、口から感想が零れていた。
口に含んだ途端、得も言われぬ甘味と香りが広がって、それらは呑み込むと同時に跡形もなく消え去り、代わって喉元からお腹に渡って熱を帯びてきたが、それが却って心地よい。
「なんだッ、結構、イケる口じゃないですか」
「こんなに美味しいの、初めてです」
「それは良かった。まあ、もう一杯」
「ああ、はい」
初めて、日本酒の美味さを知り、雛子は勧められるまま杯を重ねた。
次第に酔いが回りだし、何だか愉快な気分になっていった。それは雛子だけでなく、林田も同様だった。
「河野先生!呑んでますか?」
「はいッ!でも……何か忘れているような」
上機嫌になって呑んでいた時だ。雛子の頭が、ようやく本来の目的を思い出した。
「そう言えば、質問って何だったんですか?」
「ああ……質問ですか」
「まさか!呑む口実じゃないですよね?」
「違いますよ!」
林田は大袈裟に手を振って否定したかと思うと、急に改まった顔をした。
「先ずは……そうだな。初日から授業を受け持たせてくれて、ありがとうございます」
彼も気付いていたのだ。雛子が方針を急転させた事を。
通常では異例ともいえる二人担任体制。これが熟練した教師なら、暫く様子を見るのが普通のやり方だ。
それを覆して、やらせてくれた事を意気に感じたのだ。
「あれは、子供逹が決めたんです」
雛子は、そうなった経緯を有りの儘に話した。
「……あの時、子供逹が貴方を受け入れてくれたから、私もそれに従ったんです」
「そうだったんですか」
しんみりとした空気になった。林田が誤魔化すように、酒を呻った。
そんな仕種が、雛子には可愛らしく映る。
「あ、それとですね。昼飯もありがとうございました!
給食が無いのをすっかり忘れてて、助かりました」
「ああ、あれはたまたまです」
「たまたま……ですか?」
それは昼休みを迎えた時だった。
雛子は何時もの様に哲也と昼ごはんを摂ろうと、弁当を持って教室に戻った。ところが、哲也が級友逹と同じ輪の中で、嬉しそうに弁当を食べているのを目撃したのだ。
(そういう事だったのかァ……)
登校時、大事そうに鞄を抱えているのを不思議に思ったが、ようやくその理由が解り、雛子は嬉しくなった。
田植えが終わって農閑期を迎え、哲也の母親にも弁当を作る余裕が出来たのだ。