F-4
(私も、頑張らなきゃ……)
そして、雛子の心にも火を点けた。
就任してひと月余り。手本も無い中、手探りの状態で教えてきた。だから、自分の指導が如何ばかりなのか見当もつかない上、気にも掛けなかった。
しかし、今日、林田という物差しを介して客観的に比較すると、改めて自分の劣等ぶりに気付かされた。
最終的な目標は父親のような教師だが、そこに到るまでの道程は遥か遠い。それよりも、先ずは身近な目標にと林田を据えようと思った。
「また明日から勉強だ!」
勢いよく起き上がったかと思うと、勝手口を出て風呂の準備に取り掛かる。
希望に満ちた眼をしていた。
夜の帳が降りだした頃
「それじゃ、いただきます……」
ご先祖様への感謝を念じ、今まさに夕食に手を付けようとした時、誰かが玄関の扉を叩く音がした。
「何かしら?」
夜になれば、余程の用でもない限り、訪ねて来る者はない。逆に言えば、急用なのだろう。
雛子は、ちゃぶ台に箸を置いて、茶の間から土間の突っ掛けに足を入れた。
「ちょっと待って下さい!」
台所の隅に置いたカンテラに火を灯し、それを持って玄関前を照らした。
磨りガラスに映し出されたのは、男の背格好だ。
「あのう、どちら様でしょう?」
雛子が恐る々訊ねると、聞こえて来たのは覚えのある声だった。
「こんばんは!夜分にすいませんッ」
二時間程前に分かれた、林田が訪ねて来たのだ。
(用なら、さっき訊けばいいのに……)
心に煩わしさが宿る。が、わざわざ訪ねて来たのである。無下にする訳にもいかない。
「何のご用ですか?」
雛子が訊くと、林田は「質問があって参りました。失礼だと承知していますが、是非とも答えてくれませんか」と、懇願してきた。
困ってしまう雛子。
答えてやりたいのは山々だけど、夕食に入浴もまだだし、何より夜分に男の人を家に入れるのは物騒だ。
「あのう。それ、明日の朝じゃ駄目なんですか?」
「ええ。私もそう思って諦めてたんですが、どうしても気になって……」
「私も、夕飯もまだですし……その、お風呂もあるので」
「ほんの十分でいいんです!お手は煩わせませんからッ」
雛子が引き取ってもらおうと、やんわりと断りの言葉を発するのだが、林田もそう簡単には引き下がらない。扉向こうから、探求心を全面に押し出して熱っぽく語ってくる。
(こうしてるうちに十分は経ってるわ)
やがて、雛子の方が絆されてしまった。
「あのう。本当に十分で帰って下さいよ」
「勿論です!疑問が解ければ、すぐにお暇しますッ」
雛子が「分かりました」と言って扉を開けると、向こうから人懐っこい例の顔が現れた。
油紙の包みを大事そうに抱えている。