F-3
(なんで、こんな人が……)
雛子は、教師としての経験は微々たる物だが、実習や研修によって、様々な先輩教師のやり方を観察したつもりだ。
目的は勿論、父親の様になる為に。
だが、子供逹との接し方ひとつ採っても、学校の校風や個々が掲げる教育理念よって千差万別で、まさに玉石混淆だと密かに思っていた。
そんな人逹と林田という人物を比べると、真似したいと思っていた先輩教師と雰囲気が似ている。
それなのに、雛子に対してひと言余計なところや、先程の、窓の外から覗く等という行為は、とても褒められた態度とは言い難い。
(玉に瑕か……)
雛子は可笑しくなった。
善きも悪しきも、思った事を即、行動に移すという子供っぽいところが林田は有しているのだと。
それに、自分だって聖人君子ではない。
「……河野先生の助けになっていくので、皆さんも協力を頼みますね」
澱みなく進められた挨拶は、林田の一礼で結ばれた。
その時だ。
「起立ッ!」
級長の公子が突然、掛け声と共に席を立った。周りの級友逹は、呆気にとられた顔で傍観者と化している。
雛子も林田も、公子の、次の動向を見守った。
「林田先生に挨拶するわよ。みんな、ほら立ってッ」
ようやく意味を理解して、他の生徒も席を立った。
林田も、再び姿勢を正している。
「林田先生!よろしくお願いいたしますッ」
公子を追って、全員が林田に頭を下げている。一連の光景を目の当たりにした雛子は、胸が熱くなり、手を叩かずにはいられなかった。
そして、自分の心根の狭さが恥かしくなった。
──子供逹は受け入れている。
自分ももう、林田の負の部分を受け入れてしまおうと思った。
夕方
林田を迎えた一日目を恙無く終え、帰宅した雛子の顔は笑顔が絶えない。
「ただいま〜と!」
誰も居ない家に挨拶し、真っ直ぐ茶の間に上がると荷物を隅に置いて、畳の上で大の字に寝そべった。
風呂焚きと夕食作り前の、短い休憩だ。
(良かった。上手くいって)
学校の事が頭に浮かんだ。
高坂の恣意な通達を引き受けた時、正直どうすべきか迷っていて、当面は授業の在り方を見てもらうつもりでいた。
しかし、林田が見せた言動で雛子の考えは変わった。
挨拶の際に見せた子供逹を惹き付ける語り口から、授業を任せてみたいと思ったのである。
果たして、結果は良好で、さすがに大勢の生徒を相手していただけあって要領が良く、むしろ、雛子よりも個々に行き届いた指導で、これではどちらが担任だか判らない程だった。