暴走-2
「ええ、こんな暑いのにコートなんか着て、変ですよね」
「あなた、学生さんかしら?」
「まぁ、そうですね。お姉さんは?」
「わたしは、保険の外交員をしているわ。今は休憩中ってわけ」
「へぇ、保険の営業をされてるんですか。なかなか大変そうですね」
「そうね、追い返されてばかりいるわ。そんな事、学生さんに言われるなんてね」
「お姉さん、お綺麗なのに、追い返すなんてもったいないな」
「ふふ、ありがとう。でも、今の時間は家にいるのは主婦ばかりだし、仮に男性がいてもお金の話になるとなかなか話も聞いてもらえないの」
「セックスさせて契約をとるみたいな話って聞きますけど、そういうのしないんですか?」
女性は、どぎつい言葉を少年から聞いて少々驚いた後、呆れた顔をして答えた。
「……あのね、君、初対面の人間によくそんな事言えるわね」
「そんな事って、セックスの事ですか?」
「あなた、変な雑誌とかの見過ぎじゃないの? 実際そんな事、そうそうあるはずないわ」
「なぜ?」
「あなたにコンプライアンスって言って分かるのかしら。後でそんな事をして契約をとったってバレたら、クビになっちゃうわよ」
「バレますかね?」
「そもそもバレて困るような事をして、契約をとってもしょうがないでしょう」
「それも、そうですね。でも、残念だな」
「どうして?」
「僕も、そういうお客さんと同じようにセックスして欲しいなって思ってたから」
女性は、どこかこの少年の異質さに気づいてはいたが、これで決定的になった。
少年から少し距離を取り、隣の鞄を掴んで立ち去ろうとしている。
去り際に女性は少年に言った。
「あなたも、馬鹿なことばかり言ってないで、勉強して彼女作りなさい」
「でも、なかなかそうもいかないんですよね。もう少し、付き合ってくださいよ」
女性の責めるような強い口調に、少年は穏やかな口調で答えて、ゆっくりと手を懐に入れた。
懐から、拳銃が現れ、銃口が女性に向けられた。
えっ?
女性は何が起こったのかわからない、そういう顔をしていた。
自分の顔に向けられたものが拳銃であることに気づくのに、数瞬かかった。
少年はサングラスをかけた瞳を、亡霊のように女性に向け、座ったまま銃を構えている。