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Misty room
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Misty room-1

早朝の霧の中にいるような感覚だった。
僕は知らない街にいた。
どうして?
分からない。何も分からない。
頭は上手く働いてくれず、まるで寝起きのように何も考えられない。
ここは何処なのだろう。
辺りを見回す。見慣れない街並みが揺らぐ。それは晴れることのない霧のなか。
僕はこめかみを押さえる。道路の真ん中に立ち尽くす。人影のない、静かな街。そう、まるで森の中。ゆっくりとした時の流れ。
僕は大の字に寝転がった。往来の中央で、空を見上げた。
何年ぶりだろうか、空を見上げるのは。
とても、とても広い。とても・・・とても・・・
意識がまどろむ。ゆれる。とけていく。
僕が消えていく。そうじゃない。僕以外のものが消えていく。
霧は、まだ晴れない。
僕は知らない街にいた。

 Mistyroom

 海を見ていた。普段はカップルで溢れる高台のうえ。ひとり、海を見ていた。何も考えられなかった。何も考えなかった。考えれば、僕はこの崖の下に身を投じてしまうかもしれない。ベンチに腰を下ろし、波音を聞いた。
ザザァ
ザザァ
涙がひとすじ。
生きることは容易い。
しかしそれは、決して楽しいことではない。
ザザァ
ザザァ
潮風が吹く。
寄せては返す波のように、幸せと不幸せが交互に訪れてくれれば、それはなんて充実した人生だろう。
「おじさん、悲しいの?」
いつの間にか、隣り合うベンチに一人の少女が座っていた。
「あぁ、そうだね。おじさんは悲しいんだ」
「どうして」少女は穏やかな海を見ながら言う。
「どうして悲しいの?」
とても真っ直ぐな眼差しだった。だから僕は答えた。
「おじさんはね、離婚したんだよ」
妻が去った理由は、もう覚えていなかった。つい先日のことだったのに、遠い記憶の彼方。
「そしたらねぇ、周りの目が変わったんだ。どんなに優しかった家族も、どんなに親しかった友人も、どんなに信頼していた会社仲間も、僕を蔑むような目で見るんだ。耐えられなかった。だから仕事を辞めた。人付き合いも無くなった。僕は、ぼくは・・・」
吐き出した。今までの不幸を、一気に吐き出した。少女には分からないだろう。けれどそんな事はどうでも良かった。ただ、誰かに聞いてほしかった。
僕は頭を抱えてうつむいた。
ザザァ
ザザァ
波音だけが響いている。
「やり直したい?」
少女は聞く。
どうだろうか。こんな世界ならば、やり直したとしても結果は変わらないかもしれない。ならばいっそ。
「貴方の望む世界を、わたしは持ってるよ」
顔を上げて少女を見た。
「人のいない街。いたとしても、誰も干渉しない静かで、綺麗な街」
あるのだろうか、そんな夢のような場所が。
「あるよ」
とても真っ直ぐな眼差しだった。だから僕は答えた。
「行きたいね。全てを忘れて、そんな場所に」
「逝きたいの?」
「あぁ、行きたい」
にっこりと笑う少女。とても綺麗で、まるで天使の微笑み。
ザザァ
ササァ
「それじゃあ」
天使は告げる。
「あなたの余生を、わたしにちょうだい」
途端、景色が揺らいだ。重力を感じた。ベンチに座っていたはずなのに。空が遠くなる。海面が近づく。そう、僕は。
ぼくは。


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