A君-1
夕方のカフェはざわざわと落ち着かない。
珈琲の香りがいっぱいに広がった店内はほぼ満席。仕事帰りの仲良しグループ、ひとりで本を読むサラリーマン、飲み物を片手に人待ち顔で入口をみつめる若い女の子。
私は目の前でさっきからしゃべり続けているトモちゃんの話をうわのそらで聞きながら、ぼんやりとカフェの中に溢れる人々を眺めていた。
「ねえ、ユカちゃん、きいてる?」
トモちゃんが眉根をよせて、ちょっと怒った表情で顔を近づけてくる。子供っぽいそんな表情は、彼女によく似合って可愛らしい。私はため息をつきながら、トモちゃんの頬をつねる。
「はいはい、聞いてます。でもねえ、新婚さんのノロケを何時間も聞かされるこっちの身にもなってくれない?」
トモちゃんは頬を赤く染めて、うふふと笑う。
「だって聞いてほしいんだもん。それでね、そのとき彼、何て言ったと思う?」
だめだこりゃ。私は堅い椅子に背中をあずけて、絶え間なく動き続けるトモちゃんのふっくらとした唇をみつめた。グロスを塗られててらてらと輝くそれは、まるでなにか違う生き物のようにも見える。