A君-7
まだ足が震えて思うように動かない。きらきらと電飾が輝き始めた街を、トモちゃんはどんどんと先へ歩いていく。私はまだ動悸がおさまらない胸を押さえながら、トモちゃんのアパートへ向かった。
どうにかトモちゃんのアパートに着いた。あたりはすっかり暗くなっている。2階のトモちゃんの部屋を見上げると、もう帰宅しているようだ。窓から漏れるオレンジ色のやわらかな光。
私が2階への階段を上ろうとすると、突然ものすごい叫び声が聞こえた。絹を引き裂くような女の人の声だった。……トモちゃん?
私はトモちゃんの部屋まで駆け上がる。息が上がる。胸が苦しい。いったい何が起きてるの?
トモちゃんの部屋のドアは開いていた。ドアの中をのぞく。トモちゃんの真っ白なコートの後ろ姿が見える。
異臭が鼻を突く。強烈なにおい・・・血の、におい・・・?
緊張と恐怖で吐きそうになりながら、物音をたてないようにそっと部屋の中に入ると、そこには。
血の海の中で倒れたトモちゃんの彼と、真っ赤に染まったA君が立っていた。トモちゃんは、どうして、どうして、と泣きじゃくっている。
A君は、全身に飛び散った返り血をぬぐおうともせず、やっぱり笑顔のまま、ぼそぼそと言う。
どうして泣くの?
トモちゃんが言ったんだよ。
彼に叱られると困っちゃうって。こうしておけば、もう叱られなくていいもんね。
また、いつもの工事現場のところへ埋めておくからね……
トモちゃんは床に顔を突っ伏して泣き続けている。A君はゆっくりと顔をこちらに向けた。動けない。声も出ない。どす黒い血液でねっとりと濡れた手がわたしの頬に触れた。満面の笑顔が視界いっぱいに広がった。
(おわり)