A君-6
殺される……?初めて感じる死の恐怖。助けて。お願い、助けて。私が何をしたっていうの。
私は最後の力を振り絞って立ち上がり、そばにあったレンガのようなものをつかんでA君の顔をめがけて投げつけた。A君は顔を押えてうめきながらしゃがみこむ。
私は無我夢中でその場から走り、人が多い表通りに出た。ゼエゼエと息が切れる。街灯が照らし出す、行き交う人々の顔。その中にきょろきょろと誰かを探している様子のトモちゃんがいた。
すそにファーがついた真っ白なコートがよく似合う。どこからみても可愛らしい天使。
私は思わず店の陰に隠れて、トモちゃんの視線をやり過ごす。トモちゃんはしばらくあたりを見回した後、時計を見ながら携帯電話を取り出した。
「ねえ、ユカちゃんはどうなったの?・・・そう。しかたないわねえ。今度はユカちゃんのアパートを教えるから、そっちに行ってみてね。・・・うん、お願い」
背筋が凍りつく。理由なんてきっと無いのだろう。トモちゃんはいつだっていちばん美しく輝いていたいのだ。だから自分以外にきらきらと輝いているものは邪魔で、ただそれを消したいだけなのだ。
どうしよう。どうすればいい?
このままアパートに帰っても、おそらくA君が待ち伏せしているのだろう。帰れない。警察に?あの天使のようなトモちゃんがそんなことをしたって、誰が信じてくれる?どうしよう。どうしよう。いつまでもこんなところに隠れてはいられない。
トモちゃんはまだ携帯電話で話し続けている。
「うん、そうなの。今日は彼がお部屋で待っていて、あ、そろそろ帰らなきゃ。彼が心配して怒っちゃうかもしれない。うん、彼にしかられたら私、困っちゃうの。だからおうちに帰るわ」
うふふ、と笑って通話を終えたトモちゃんは足早に歩き始めた。
やっぱり、その姿はいつものトモちゃんで。優しくて、可愛らしい、ちょっと甘えん坊のトモちゃんで。
私はトモちゃんの後を追いかけた。トモちゃんのアパートはこの近くだったはずだ。
きっとさっきのことは何かの間違いで、いやね、ユカちゃん、冗談よ、と笑ってくれるかもしれない。ちょっとおどかすつもりだったの、A君が勝手にやりすぎたのね、なんて。そしたら、わたしもあんまりびっくりさせないでよと笑って、またトモちゃんの小さな鼻をつまんで……
心のどこかでわかっている。冗談なんかじゃないことを。でも、逃げていても仕方がない。トモちゃんと話をしてA君のことを説得してもらおう。
A君はトモちゃんのいうことならなんでも聞いてくれるはずだから。