A君-5
オトモダチ。今はなにかそれが忌まわしい単語のように聞こえる。オトモダチ。
こわい。
足が、手が、ガタガタと音をたてて震えだす。トモちゃんはまたにっこりと微笑む。
「ねえ、でもほんと、今日はユカちゃんに会えて、あいかわらずで安心したわ。だって、ユカちゃんは私と同じくらい可愛らしいもの。私より幸せになったら、困っちゃう。だってそんなの、おかしいでしょ?」
トモちゃんの細い指が、思いのほか強い力でわたしの腕をつかんで離さない。愛らしい顔が満面の笑みを浮かべる。
「高校の時から、ユカちゃんは本当に可愛らしかったから、私ずっとそばにいたのよ。私より先に、幸せにはならないように」
全身に鳥肌が立つ。体の震えが止まらない。何?なんなの?おかしいのは、私なのか。トモちゃんなのか。A君なのか。わからない。なにも考えられない。
私はトモちゃんの手を振り払い、不思議そうにわたしを見る店員やサラリーマンたちを押しのけ、もつれる足を無理やり動かして逃げるようにカフェを出た。
カフェを走り出てすぐ、前から歩いて来た人に思い切りぶつかった。バッグが手から滑り落ちる。顔を上げると、
目の前に高校時代とほとんど変わらない姿のA君がいた。
こわい。こわいこわい。
逃げたいのに身体が動かない。全身から血の気が引いていく。A君はやっぱりにこにこと笑っていて、立ち尽くす私の腕をつかみ、表通りからすこし離れた薄暗い路地裏へ私を引きずって行った。
近くで工事でもやっているのか、砂利や資材が積まれている。私は突き飛ばされ、思い切り顔を殴られた。目の前が一瞬暗くなる。声も出ない。
そこでA君の携帯電話が鳴った。
「うん・・・うん・・・そうだね・・・わかった・・・」
ぼそぼそと話すA君の携帯電話から、トモちゃんの大きな声が漏れ聞こえる。
『お願いね。ユカちゃんはかわいらしいから、私より素敵な彼をみつけちゃうかもしれないの。そんなの困っちゃうわ。だからあのかわいいお顔をどうにかしてほしいの』
通話を終えると、A君は笑顔のまま、倒れた私に向かってまた腕を振り上げる。そこにはギラリと光るナイフが握られていた。