あやなくもへだてけるかな夜をかさね-5
「ぁ…ぁん、ぁん、ぁん…」
智子の口からこぼされる声に、夫は更に動きを加速させ、自らを高めてゆく。
「くっ…いくよ…」
「…う、うん…」
ハァハァハァハァハァ…
「うっ、くうっ…!」
夫の呻き声と共にペ○スが引き抜かれ、智子の草むらの上に白濁した夫の欠片が降り蒔かれた。
…私が望んでいたのは…こんな行為では無かったのに…
背を向け、眠りに落ちてゆく夫を感じながら智子は虚しさに涙がこぼれそうになる。
中途に火照ってしまった体は、鎮められる事も無く、一層智子の頭を冴えさせた。
智子は、そっとベッドを抜け出すとリビングに向かった。
真っ暗なリビングの中で、パソコンのモニターだけが薄明るく光を放っていた。
智子は、無意識にいつものサイトに繋いでいる。
“ルキアの秘密の部屋”
掲示板に書き込まれた数々の告白は、満たされ女の悦びに溢れた言葉で、妖しくも華々しい世界を展開させている。
…ほぅっ…
小さく溜め息を吐いた智子は、マウスを動かしながらそれらの一つ一つを辿ってゆく。
この画面の向こうにいる女たちは、自分のような冷え冷えとした想いとは無縁なのだ。
こみ上げる悲しさに、智子の指は掲示板の書き込みフォームをクリックしていた。
『寂しい…』
初めて書き込んだ智子の想い。
たった一言の言葉…しかしそれは智子の全身から吹き出す、智子の叫びそのものだった。
毎日の生活は平凡とはいえ、忙しく訪れる。
智子は、母の顔と妻の顔を使い分けながら日々の家事をこなしていた。
ルルルルル…ルルルルル…
リビングで電話が鳴っている。
家事の手を休め、智子は受話器を取った。
「もしもし」
「智子かい?」
遠く離れた実家の母の声がした。
「あら、お母さん?どうしたのよ」
「どうしたって、あんたちっとも連絡くれんし、たまには電話くらいしてもええがね」
懐かしい故郷の訛りに胸がキュンとした。
「ごめんなさい…」
「まあええわ、便りがないのは元気な証拠って言うからねぇ」
無理に笑い声をたてる母に胸が痛む。
「うん…皆元気よ。祐樹も美樹も」
「そうそう、今年はこっちに来れるんやろ?」
「ゴールデンウィーク?」
「そう、今年は祭りがあるんやわ、祐樹や美樹が遊びに来てくれんのかってお父さんもうるさいんよ」
故郷の賑やかな祭りの様子と共に、年老いた母と父の顔が浮かぶ。
「行きたいけど…祐一さん、休みが取れそうも無いのよ…」
「そうなんか…祐一さんも忙しい人やでな。体壊さんように気遣ってやらんとな」
「うん、ありがとね」
「祐樹と美樹だけでも来れんかね?もう中学と小学生やろ?二人で新幹線乗って来れんかね?」
離れて暮らす孫に会いたくてしょうがない…そんな気持ちが痛いほど伝わり、智子はいっそ夫一人残し、子供たちと共に自分も実家の両親の元に帰ろうか?そんな気持ちになってしまう。
「…私と子供たちで行こうか?」
「祐一さん一人にしてか?」
「うん」
「そりゃ駄目だわ、あんたは奥さんなんやで、ちゃんと祐一さんの面倒見てやりんさい」
「そんな…」
言葉を返そうとして飲み込む。
この母にとって、妻の役目は夫に尽くすこと。夫の為に、夫の仕事の為に常に快適な環境を用意しておくこと。
智子の想い出の中にある母は、いつも父に仕え尽くす女だった。
…母は…女として満足していたのだろうか?…幸せだったのだろうか?…
娘の立場から見ていた母は、いつも母で、そこに女を見ることは無かったが、今自分も同じ立場に立った智子には、なんとなく当時の母の心の底を推測出来るような気がするのだった。
「…お母さん…」
「ん?何ぃ?」
「……ううん、何でもないの。子供たちに聞いておくわ」
「そうかい?そうしてくれるかい?」
電話口からも伝わるほどに、嬉しさと期待を込めた母の声に智子は口元を緩める。
「うん、じゃあまた連絡するから」
「頼んだよぉ、お父さんも楽しみにしとるで」
受話器を置いた智子の脳裏に、故郷の山々をバックに嬉しそうに手を振り、孫を迎える両親の姿が映っていた。