「はじまり」-1
大分明るくなってきた。
もう少しだ。
もう少しで、ここから逃げ出せる。
真っ暗で何もない、この場所から・・・
ある時目を覚ますと、僕は不思議な場所にいた。暗く、何だか生暖かい空間。広さは僕の体より少し大きいくらいだった。
普通なら、ここで自分が何故こんな場所にいるのか?など様々な問いが頭に浮かぶのが先なのだろうが、その時僕を包んでいたのは、ここから出たい、という漠然とした焦燥だけだった。
必死で辺りを見回した…しかし、出口どころか光の筋さえどこからも漏れてはいなかった。 ここにあるのは、完全な暗闇…僕はここに、閉じこめられているのだ!この、奇妙な空間に、たった一人で…!
言いようのない恐怖が、僕を包んだ。
どうすることも出来ないまま、いくらかの時が過ぎた。僕は目を覚ます度、この空間は現実の物であることを知り、絶望を感じた。耐えきれなくなった僕は、近くにあった壁を、力一杯蹴り付けた。
すると、壁の外から、優しい声が帰ってきた。何を言っているのかは理解できない。しかし、声は続いた。何処か懐かしいその声達は、僕のいる暗闇のこの空間すべてを包み込むようだった。僕は嬉しかった。孤独は少し和らいだ。声の主達に会いたい、と切実に願った。
だから、決意を新たにした。
『ここから逃げだそう』、と言う決意を…
また、いくらかの時が過ぎた。
まだ僕は、この場所にいる。だが、まだ絶望の底にはたたき落とされていない。時折外から語りかけてくる、いくつかの優しい声。それは、僕の生きるエネルギーであり、目的でもあった。
『早くこの声の持ち主達に会ってみたい…!』
だが、そんな僕の願いを嘲笑うかのように、今日も出口は見つからない。またいつもと変わらず、か…そう思ったとき…
一瞬、光が見えた。久しぶりに見た、外の光。僕は瞬間戸惑ったが、それでも迷わずそれに向かった。思うように動かない自分の体が歯がゆい。だが、ゆっくり、だけど確実に僕は光に近づいてゆく。通路は狭く、息苦しい。意識が遠のきそうな苦痛が体を包む。それでも僕は『目的』に向かって、必死で体をよじらせた。
眩しさが強くなってくる。
ふと、誰かの声。近くで聞こえ、僕を奮い立たせる。その声に応えるように僕は体に残っていた最後の力をふり絞った。
もう少し…もう少しだ…!
…光が…僕を包む…!
『おめでとうございます。元気な男の子ですよ』
赤子を抱いて、看護婦さんがやってくる。
『…お疲れ様…やっと会えたね…』
わたしは涙ぐみながら、誕生したばかりの我が子に微笑んだ。