あいつ-1
「おまえの性格からして、無理なのはわかってるけど」
あいつがそう言って、ようやく勘付いた。勘付いたとほぼ同時に、宣告された。
「おまえのこと好きだった。ずっと」
なんでずっと気が付かなかったんだろう。いつからだろう。これからどうしたらいいんだろう。いや、好きだった、ということは今は違うのかもしれない。そうであってくれという思いと、そうでなかったらという妙な期待を込めて聞いてみた。
「今も好きなの」
「今も」
妙な期待は切なさとももどかしさともつかない、むずついた気持ちへと変わった。聞くんじゃなかった。
あいつと知り合ったのは中学1年生のときだった。同じクラスの嫌味な奴。それが第一印象だった。1年生の冬にそろそろ塾に入ろうと塾を探していると、あいつが誘ってきた。紹介料欲しさに勧誘してきたらしい。まあどこでもよかったので紹介してもらった。
塾も同じクラスだった。塾帰りが一緒になることが多かった。話してみるといい奴だった。一緒にコンビニで買ったお菓子を食べながら帰ったり、雪の日に雪合戦しながら帰ったこともある。あいつは気をつかわなくてもいい。気が楽だった。何でも話せるし、何も話さなくても居心地のいい友達だった。
2年生も同じクラスになった。その頃お互いに失恋を経験し、二人で失恋したことを馬鹿にし合って笑い合った。学校も一緒に帰ることがあった。そのうちに付き合っていると噂されるようになった。
3年生になってクラスが別々になった。塾は相変わらず同じクラスだったから、一緒に帰っていた。同じ高校が志望校だった。頑張って勉強した。二人とも合格した。
高校は同じクラスにならなかった。私は進学、あいつは就職で進路が違った。中学のときほど一緒にいれなくなったけど、一緒に下校したり休みの日に遊んだりした。 高校でも中学のときのように噂を立てられた。そのときはお互いに他に付き合っている人がいた。なんとなくあいつと話しにくくなった。それでもたまにメールしたりしていた。
高校を卒業して、私は地元を離れ東京の大学に入学した。あいつは地元で就職した。大学生になってもあいつとは連絡を取り合っていた。帰省するときは必ず遊んだ。あいつは親友だった。
大学を卒業する年に中学の同窓会に参加した。あいつも来ていた。同窓会の二次会帰り、あいつと二人になった。久しぶりにコンビニでお菓子を買って、公園のベンチに座って食べた。あいつは気をつかわなくていい、話しやすい親友だ。
あいつは何でも話せる。将来の話も、バカな話も。気取らずに素直に話せる。あいつは職に就いているから、そろそろ結婚でも考えてるのか何の気なしに聞いてみた。あいつは首を横に振った。好きな人はいるけど彼女はいないと言われた。好きな人って誰って聞き返すと、あいつは持っていた缶コーヒーをベンチに置いて私に向き直った。
「いつから好きだったの」
あいつとはずっと友達だった。友達でなければいけないと思っていた。
「中学のころから。ずっと」
飲んでいたコーヒーを吹き出してしまった。
「高校のとき彼女いたじゃん」
「おまえが彼氏作るから、おまえのこと諦めるために付き合った。でも無理だった。長続きしなかった。おまえは俺のこと避けるし、彼女には悪いことしてるし、俺はダメな奴だなと思った」
「なんか、ごめん」
「いや、おまえは悪くないよ」
なんとなく沈黙が生まれた。あいつは気をつかわなくていい奴で、会話がなくても居心地が悪くなったことなんてなかったのに、今はすごく居心地が悪い。
あいつは友達じゃないといけないと思っていた。友達以上に近付いてしまうと、何かが壊れてしまうと思っていた。だからあいつのことを異性として見てしまったとき、私は自分を責めた。あいつは友達だから、友達じゃないといけないと思った。
「なんで今まで何も言ってこなかったの」
沈黙を破ったのは私だった。
「だって、おまえ、困るだろ。友達だと思ってた奴から告白されても」
「困ったよ」
「ごめん」
「違う。今じゃない。困ったのはもっと前。あんたのこと好きって認めたらダメなんだと思ってた。あんたは友達で、友達は友達じゃないといけないんだと思ってた。好きって認めたら何もかも無くなってしまうんだと思ってた。だから認められなかった。辛かった。好きになってないのに失恋した。あんたのこと好きになってないのに、失恋した。やっと吹っ切れたところだったのに。なのに、なのに今頃・・・」
一気に思っていたことがこぼれだしてしまった。
「それ、好きだったんだよ」
「うん、うん」
あいつは背中をさすってくれた。
「やっと認めてくれた。おまえが俺のこと好きになってくれたの、気付いてた。でも俺も怖かった。友達以上に近づいたら傷つけてしまうと思った」
あいつは一呼吸おいて立ち上がった。
「今からおまえの返事がノーだとわかってて聞く」
あいつが私の前に立つ。
「俺と付き合ってくれないか。絶対に傷つけない。幸せにする」
「ごめんなさい」
あいつは天を仰いでふっと笑った。
「なんで断るってわかったの」
「おまえは一度逃した人を追いかける奴じゃない」
「うん。私のあんたへの恋はもう終わったから、もう振り向かない」
「昔から変わらないな。じゃあ、お互いに失恋だ」
あいつは笑ってくれた。ほっとした。
「それにあんたはやっぱり私の最高の友達だから」
「そうだな」
「今から飲み直しに行くとかどうかな」
「さすがに今夜は一人で凹みたい」
「それもそうだね。じゃあ、そろそろ帰ろっか」
「そうしよう。送る」
「ありがとう」
あいつは私の家の前で、また会おうと言ったくれた。うなづいて、あいつにお礼を言って別れを告げた。
あいつに背を向けて前に進もうとしたとき、あいつがそっと背中を押してくれた。私は振り返らずに歩き出した。