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「ふたつの祖国」
【その他 推理小説】

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前編-2

 当時、石炭は軍需物質であり、軍の作成した生産計画を遅滞なく行う事が絶対で、その為に軍人達の厳しい監視体制が敷かれていた。
 軍人逹の殆どは林逹に辛く当たった。
 口で怒鳴り散らすだけの者はまだ優しい方で、暴力で脅す者が大半を占めていた。
 軍人等にとって、日本語の解らぬ林達は、格好の鬱憤払しとされていた。

 そんな状況下にも拘わらず、極一部にだが、林達に心を砕いてくれる軍人がおり、非常に稀な存在であった。
 仕事のない日に林逹や部落民を呼び出しては、自分の畑や庭に成る作物や果物の内、必要でない分は彼等に分け与える等、食べ物の無い事を気に掛けてくれたのだ。
 国の情勢を考えれば、この様な日本人は異人種であり、数少ない理解者と言えた。

 それから、時は流れて終戦を迎えると、炭坑は軍から国の管理下へと移行した。
 日本中が食えない時期に外国人を雇う余力があるはずも無く、林逹は一方的に炭坑夫を馘になった。
 棲家も今の場所から〇〇地区へと強制移転させられた。
 国の方針が、彼等を利用する事から、囲い、封じ込める様に変わったのだ。
 折しも、祖国への引き揚げ船が〇〇港から出ていた。
 だが、林や同胞逹の殆どは帰るつもりなど無かった。祖国は日本以上に貧しく、国家の体さえ成していないとの流言が広まっていたからだ。

 仕事を失った林逹は、どんな事でもやった。空襲の焼け野原で金目の物を拾い集め、夜中の土方仕事等、人が厭うような事もやった。
 折しも、復興事業は隆盛で、彼等は部落民の人足より安い賃金で働いた。
 かつては、肩寄せ合って生きていた、部落民から仕事を奪い取ったのだ。
 そのおかげで、部落民とは何度も衝突し、何度も殺されかけた。敵と見なされたのだ。
 林達には、徒党を組んで身を守る以外に生きる術は残されていなかった。

 終戦の混沌さが落ち着きだした頃、闇市があった通りは、露店が立ち並ぶ商店街へと様子を変えていた。
 林逹は、これまで必死に貯めた金で露店の販売権を買って商売を試みる。手に入る材料を用いて祖国の味を売る事にした。
 やがて、彼らの噂を聞きつけた同胞達が、地区の周辺に移り住むようになってきた。
 高度経済成長が、底辺と貶すまれた彼等の利潤さえも膨らませていった。

 通りを中心に、地区の大半を彼らと同胞が占める一大テリトリーへと発展すると、警官さえも立ち入れない巣窟へと変貌を遂げるのに、幾らも時間は掛からなかった。
 異国の地で、人間らしく生きたいと、彼等が選んだ道だった。

 その後、警察の厳しい介入と彼等の人権が向上するにつれて、巣窟は解体され、同胞も散り々になった。
 林日学から七十有余年。林建一は、今でも〇〇地区に住み続けている。





「本日付けで、組織犯罪対策係より参りました──」

 朝の報告会で、佐野真二以下、部下四名が高橋の前に整列した。
 その様子を見た島崎は我が目を疑った。部下の内、二人は女性だったのだ。

 佐野は、島崎より四歳年下の四十歳。元は生活安全係で、銃刀法や売春防止法に関わる事案を担当していた。
 組織犯罪対策係への異動は二年前。戸田が、係長に昇級したと同時に引き抜いた。
 銃刀や売春は暴力団と密接な関係があり、さらに外国人マフィアへと継がっている。
 これらに長年熟知し、精通している佐野を、戸田は必要としたのだ。

 しかし、異動して二年経つが、佐野は大した成果を揚げていなかった。
 他の班が、暴力団や右翼団体、デモ隊検挙という実績を揚げているにも関わらず、彼の班は、他所のサポートに従事するばかりだった。
 さぞかし、戸田は怒り心頭に発し、佐野に罵詈雑言を浴びせているだろうと思いきや、彼は一切、佐野のやり方に文句を言わなかった。

 その辺りを島崎は鑑みる。
 応援とはいえ、佐野にこの事件での実績を揚げさせる事により、自信を取り戻させようという魂胆ではないのかと。


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