last-6
午後
六時限目の本鈴が鳴った。
真由美の隣にあるひとみの席に主人の姿は居ない。
担任の話では風邪をひいての休みだという。真由美にすれば、完全に拍子抜けだ。
(まったく……こっちは、あと五時間は拘束されるってのに)
彼女にとっては最悪の一日だった。
休みと判った途端、緊張の糸が切れて頭が働かなくなってしまっていた。
気怠さと猛烈な睡魔、それに伴う欠伸を抑えきれない。
おかげで、授業中に数えきれない程の注意をされる始末だ。
唯、真由美は助かったとも感じていた。
こんな、まともに思考が働かない状態でひとみに会っても、自分充分な交渉など出来るはず無かったと。
(今日のところはゆっくり休んで、冴えた頭の時に出直そう)
真由美は気持ちを切り替えて、残りわずかな授業に集中する事とした。
夕方
塾の教室に生徒の姿が現れはじめた。これからの三時間は受験にむけた勉強である。
「ふあ……ふう」
真由美も、だるさと欠伸の抜けぬ身体で本日最後の勉強を受けようとしていた。
「ヤッホ♪真由美」
すると、教室にひとみの姿があった。
「あ……あんた!」
真由美の中に、総毛立つ程の怒りが込み上がった。殴ってやりたい衝動に駆られた。
「よくも!わたしの薫をッ」
言うが早いか、真由美はひとみとの距離を一気に詰めて、思い切り頬を張った。
強烈な打撃音が鳴ったと同時に、教室が騒然となった。
「気が済んだ……?」
頬にくっきりと指の跡が浮かび上がっている。その眼は、不気味な笑みを湛えながら、真由美の目を捉えた。
「殴りたきゃ殴っていいわよ。貴女にも、それ以上の苦痛を与えてやるから」
「あんたッ!」
真由美が再び襲い掛かろうとした次の瞬間、教室に強烈な怒声が響いた。
「何やってんだ!」
講師の怒鳴り声だった。
「勉強する為の塾で騒ぐような奴は必要ないッ、出ていけ!」
「横暴です!理由も聞かないでッ」
釈明の機会を訴える真由美だが、講師は聞く耳を持たない。結局、ひとみと一緒に教室を出されてしまった。
「くそ……アイツ、人の話も聞かないで」
自宅への帰路で、鎮まらない怒りが口を付いて出てしまう。
──ついてない日は何をやっても上手くいかない。
今日の真由美にぴったりの言葉だった。
(それにしても……)
真由美は、後ろの気配に気を向けた。
学校を休んだひとみが塾に現れたのは、わたしに用があっての事だ。だから、今も後を付いて来る。
それに、塾で見せた態度を見ると、殴られる事も想定していたと解る。これはどういう意味だ。