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六月初旬
「じゃあ、行こうか」
「うん」
その日は、生憎の天気だった。
朝から、霧のように細かい粒の雨が断続的に降っていた。
今日はひとみの誕生日。
真由美と薫は、ひとみの自宅へ向かうべく、自宅を後にした。
仲違いをしたあの日、真由美は薫に、ひとみとの関係を訊いた──事実であった。
そして、ひとみと交わした約束を伝え、どうするかは薫の自由意志に委ねた。嫌なら辞めても構わないと言って。
真由美には解っていた。
ひとみの狙いは自分であり 、薫は次いでなのだ。自分が行けば、彼女は満足するはずだと。
しかし、薫は行くと言った。真由美は少し驚いたが、それ以上は口を出さなかった。
そして、今日を迎えた。
何時もはバレーの練習に出掛けている薫も、今日は休みをもらった。
「止まないねえ……」
真由美は天を仰ぎ見た。
鈍色の雲は見渡す限り空を覆い尽くしている。
何時もなら憂鬱な一日なのだが今日は違う。何より、気持ちが高揚している。
これから訪れるであろう出来事を、どんな物なのかと心が待ち望んでいた。
真由美自身、こうなった事が信じられない。秘密を忘れる為に交換条件を呑んだはずなのに、ひとみと会うのを楽しみにしている自分が居たのだ。
あの日から、ひとみは真由美との距離を置いた。学校でも塾でも、話し掛けて来なかった。
最初は、真由美も当然の事だと思った。仲違いをした二人の会話など成立するはずはないと。
しかし、それも日にちが過ぎるにつれて、強かった意志が徐々に揺らぎ始め、一週間を過ぎた頃には“ずっとこのまま言葉を交わさない”不安の方が、心の大部分を占めていた。
──もう、こんな思いをするのは嫌だ。
いつしか、そう願っている事に真由美は気付いた。
そして、迎えた今日を、二人の仲を戻すきっかけとなればと思っていた。
「お姉ちゃん」
隣を歩く薫から声が掛かった。
真由美は「なあに?」と、弟の、傘の中を覗き込む。
「それ、何を買ったの?」
薫の目は、傍で揺れている袋に注がれていた。真由美は袋を弟の目線の高さまで引き揚げて、笑みを浮かべた。
「……大した物じゃないけど、プレゼントをね」
「じゃあ、僕と一緒だね!」
薫は、嬉しそうに背中のリュックを指差した。
「そんな……あんたまで」
真由美の中に、申し訳なさが広がった。
今日、付き合わせているのも自分のせいなのに、プレゼントまで用意してくれた事が憐憫に思えてしまう。
だが、それは杞憂だった。