幕末余談・祇園の一夜-2
「今宵は楽しかったぜよ…こげに心の底から、楽しく酒を飲めたのは久しぶりぜよ」
「わたしも…あなたと酒を飲めて楽しかったです、いい気晴らしになりました」
「おんしとは、まだ機会があったら一緒に酒を飲んでみたいものだぜよ」
「ええっ…機会があった時には…また」
満足気な梅太郎は、一足先に祇園の料亭を出た。料亭の入り口には一人の女が立ち、梅太郎が出てくるのを待っていた。
「また、こんなところで遊んで…少し前に命を狙われたばかりだというのに」
女の心配そうな言葉に、梅太郎はからかうような仕草で肩をすくめた。
「こんな時だから、飲むんぜよ…いつ、飲めなくなるかわからんぜよ。それに、いざとなったら…」
梅太郎は懐中に忍ばせた、六連発のピストルをさすった。
「こいつと、また…お龍が寺田屋の時みたいに、風呂場から裸でとんできて知らせてくれるから、心配はしてないぜよ」
そう言って、才谷 梅太郎の偽名を使っている【坂本 竜馬】は笑った。
竜馬の言葉に、お龍は嬉しそうに顔を赤らめる。
「今夜は、面白い男と会ったぜよ…」
竜馬は、楽しそうに夫婦の、お龍に酒宴の出来事を語りながら並んで歩き…二人は闇の中へと消えていった。
竜馬が去ってから、しばらくして【豊玉】も料亭から出てきた。
料亭の裏口に、豊玉を待つ、男の姿があった。
「さがしたぞ…歳三」
豊玉より年輩に見える、新選組創立当初からの隊員である、井上源三郎が言った。
「まさか、滅多に酒を飲まない…おまえが、こんなところで羽を伸ばしているとはな」
「わたしだって、たまには気晴らししてみたい時もありますからね…局長の近藤さんには、秘密にしておいてください」
俳号の富玉を、酒の席で名乗った。新選組副局長【土方 歳三】は、いつもと変わらない笑みを浮かべた。
「それもいいだろう…池田屋の一件以来、隊も緊迫していたからな…今日を楽しむ余裕も、たまには必要だ」
「源さん、今夜は愉快な男と出会いましたよ」
楽しそうに語る、歳三の言葉に、源三郎は優しく目を細めた。
「源さんにも…紹介したいほどの男です」
土方 歳三は、酒の席で感じた安らぎの余韻をしみじみと語った。
時代のうねりの中で…互いの素性も知らずに、祇園で出会った二人の男が、心の底から安らいだ一夜のちいさな出来事だった。
この後…坂本竜馬は翌年、慶応三年〔1867年〕十月…京都三条河原町の近江屋にて、刺客に襲われ、くしくも誕生日に三十三歳の生涯を閉じる。
一方の土方歳三は、さらに二年後の明治二年〔1869年〕…北海道は函館の五陵郭〔ごりょうかく〕の戦いにて、銃弾を受け、若き命を散らせることになる。
獅子たちの、生きた時を過ぎ…日本国は幕末から明治とゆう新たな時代を迎え…歴史をつなげていくのだった。
【完】