凌辱の時間-5
そして翌日の夕方、約束した通りマミから連絡が入った。着信音に心臓が跳ね上がる。
『もしもし、みずき?いまトオルくんが帰ったところなの!K駅にいるんだけど、どうすればいい?』
「じゃあ、新しく出来たフレンチのお店に行かない?ディナーの割引チケット持ってるんだ。場所はね・・・」
本当の目的地から少し離れた場所を指定する。マミは疑う様子もなく、デートを終えたばかりの嬉しさを隠そうともせずに楽しげに電話を切った。
もう、迷わない。大塚に連絡を入れ、準備をして部屋を出た。血管が破裂しそうな緊張感と興奮。街を歩く人たちに自分の考えを見透かされているような錯覚。恐怖、そしてささやかな期待。
街灯の少ない道を歩きながら鼓動を静める。警戒させてはいけない。いつも通りの自分でいなくてはならない。空を見上げる。暗い夜空にぽっかりとそこだけ白く切りぬかれたような部分。月の穏やかな輝きさえも、肌に突き刺さるような気がした。
交差点のむこうにマミの姿をみつけた。メールでも打っているのか、手に持った携帯電話のほの明るい光がその表情を照らし出す。うっとりと蕩けそうな顔で画面を見つめている。いつもよりもしっかりと巻いた髪、真っ白なワンピースに今日のデートへの気合いがうかがえる。
ごめんね、マミ。
軽く深呼吸した後、みずきは大きく手を振ってマミを呼んだ。
「マミ!ごめんね、待った?」
「ううん、大丈夫。あのね、今日もトオルくんったらね・・・」
歩きながらもマミはトオルの話をし続けた。優しくて、カッコよくて、最高の彼氏だと頬を染める。さりげなくマミを工場跡地の方へと誘導する。ノロケに夢中なマミは、あたりの景色がどんどんと寂れた様子になっていくことにも気付かない。
大通りから誰もいない工事現場を抜けて、広い工場の敷地内へと入る。誰かが壊してしまったのか、施錠されていたはずの門扉は開け放たれたまま。潮の匂いが鼻をくすぐる。砂利の敷かれたエリアを過ぎ、水道の蛇口がいくつも並んだ手洗い場を横目に、灰色の建物を目指す。割れた窓ガラスの破片が足元でじゃりじゃりと音を立てる。
ここだ。大塚に聞いた場所。扉の向こうから何人かの声が聞こえる。間違いない。錆びた鉄製の扉に手をかけたとき、マミが不安げにみずきの腕を引いた。
「えっ・・・ねえ、こんなところがレストランなの?なんだか怖いんだけど・・・」
かまわずに扉を開けた。ギイ、と嫌な音が鳴る。中にいた連中の視線がこちらに集まるのがわかった。いくつもの懐中電灯の光に照らされて、一瞬目が見えなくなる。大塚の声が高い天井にこだましてわんわんと響いた。
「遅かったじゃねえか、もうみんな待ちくたびれたってよ」
男たちの笑い声が続いた。マミは腕にしがみついたまま震えている。みずきはマミを腕から引き剥がし、その背中を思い切り突き飛ばした。男たちのひとりがそれを抱きとめる。
「え、みずき・・・なんなの?これ、どういうこと?」