Jungle Jungle Moon-1
「!」
ケータイの着信音。
ビックリさせんなよっ!
っぅか、誰よ?!
画面に表示されるネーム…
“シトラス”
はっ?!マジでっ?!
ピッ!
「も、もしもしっ?!」
「あ、キョウちゃん?アタシ」
「あ、うん。…どした?」
「ちょっと表出てくんない?アタシ一人じゃ無理!」
「はっ?」
「いいから、早くしてよ〜」
「表?」
「キョウちゃんちの前だよ!」
マ、マジっすかぁ〜?!
ドタドタドタ!バタッ、ガタンッ!
タンタンタンタンタンタンッ!
階段を駆け下りると…そこにシトラスが立っていた。
シトラスは女の子。
誰も彼女の本当の名前を知らないけど、誰もが彼女を知っていて、そして彼女をアイシテた。
腰まで届きそうな金色がかった茶色い髪、細い眉、切れ長で涼しげな瞳、スッキリ通った鼻、小さいのにポッテリと厚みのある赤い唇。
それらをまとめて乗せた小さな顔は、透き通る陶器のように白く滑らかだ。
「キョウちゃん。ほら!」
ハァっ?…何っ?!それ…?
ニコニコ微笑むシトラスの横に、2メートルはありそうなパームツリーが夜風に揺れていた。
シトラスがどこに住んでるとか、出身地はどこなのかとか、本当の年齢が幾つなのかとか…そう言ったコトは多分誰も知らない。ひょっとしたら、シトラス本人も知らないんじゃないの?なんて思える…シトラスはそんな女の子。
今、僕の部屋に居るけど、僕の部屋に居ない時はきっと違う男の部屋に居る。
もしかしたら、女の子の部屋に居るのかもしれないけど…多分男の部屋だろな…うん。
シトラスと付き合いたくて身を滅ぼした男の話は腐るほど聞いたし、シトラスを独り占めしたくて命を落とした男も居るって噂も聞いたコトある。
ただの噂だろうけど。
どっちにしても、シトラス本人は露ほども気にしちゃぁいない。
自分にまつわる噂が、都市伝説みたいに一人歩きしちゃってるコトも。
「何、それ?…てか、どしたの?」
僕の身長を軽く越えるパームツリーを見上げ、阿呆のように口をポッカリ開けたまま、僕は訊いた。
「これ?ウフフ、いいでしょ?」
“いいでしょ”じゃナイって…シトラス…。
「あっちのお店の前に捨ててあったから、拾ってきたの」
指をさしながら…あっけらかんと言うんじゃないよ…ハァ…。
「ノースショア?」
“まさか、嘘であってくれ”
半分そんな風に祈りながら僕が言う。
「ノースショアだっけ?サーフショップの前だよ」
オー!ジーザスッ!
「マ、マジっ?!」
「うん、マジだよ〜」
…シトラス…それって…“捨てて”あるんじゃナイよ…“置いて”あったの…
僕の頭の中で、ノースショアの万年日焼けしたオーナーの口ひげが笑う。
「鍵とか懸けて無かったし…お店の前に放ってあったよ?」
どこの世界にパームツリーに鍵懸ける奴が居るっ?!
サーフィン野郎が集まるノースショアの看板代わり…店の前にドデーンと構えるパームツリー。
万年日焼けのオーナーも、まさか持っていく奴が居るなんて思ってもみなかっただろう。
観賞用に花屋の店先なんかに置いてあるパームツリーなんか目じゃナイほどの大きなそれ。
……ご愁傷様。
「っぅか…どうやってここまで持ってきたの?」
二階へ上がる階段を、シトラスと一緒にヒーコラやっとこさ部屋に押し込んだパームツリーは、狭い6畳一間の僕のアパートの低い天井につっかえながら、鎮座ましている。
「最初はゴロゴロ転がしたんだけど…1メートル位で挫折した!」
カラカラとシトラスが笑う。
「後は、引きずってきたの」
樹脂製の鉢の底は、一カ所だけ斜めに削り取られていた。
ノースショアから僕のアパートまで200メートルほど。
こんな大きな鉢植えを、一人で引きずってきたって言うのかいっ?!
「なんてこったい…」
大きく溜め息を吐く僕に
「思ったほど重く無いんだよ、これ」
シトラスの笑顔。
だぁーーっ!この笑顔に何人の男がヤッツけられたと思ってるんだ?!
…トホホホホ…
そして僕もヤッツけられる。
「で、どうするつもり?」
手のひらでグイと幹を押しながら僕は訊く。
「んとねぇ〜」
シトラスは
「ちょっと、そっち押して」
そう言うとズリズリとパームツリーを引っ張って、窓に一番近い所まで運んだ。
「ジャジャーン!」
大きな声でそう言いながら、窓を全開にする
「ほら、見てよ!キョウちゃん!」
開け放たれた窓から、まん丸に膨らんだ満月が、僕の顔に黄色い光を浴びせた。