KILL OR DIE-6
パリオット・ファミリーの構成員は五万は下らないとさえ言われている。しかし、その内、ボスであるパリオットなる人物の顔を知るのは、大幹部の数人だけ。謎のベールに包まれた男だ。パリオット・ファミリーが旗揚げし、頭角を現し始めたのが五〜六年前。それを考えれば…ボス・パリオットの正体がグレス・ローハインドである可能性は充分にある。ボス自らが支部に出向き、敵組織の経営する店のバーで酒を客に飲ませている。常識じゃ考えられない…しかし、あの頭のイカれた粋狂な男なら、今更何をやったって驚きはしない。
「奴と戦うという事は、パリオット・ファミリーと戦うという事か…ハードだな…」
俺は辟易して言った。しかし、此処に来て奴の確かな足跡を見付け、俺の闘争心は静かに燃え続けていた。
「頑張って下さい」
キサラギが無愛想に言う。
「これからあなたに敵対するのは…パリオット・ファミリーだけではありませんから…」
俺は微かに眉をよせた。
「どういう事だ？」
「こういう事ですよ」
言い終わる寸前、キサラギの躰が深く沈んだ。両腕を軸に、その躰が回転する。水面蹴りだ。地を這う足刀が俺の片足を薙ぎ払い、バランスを崩して倒れ込む。俺は思わず右手の銃を離して床に付き、そこを軸にして、右腕一本で跳ね上がる。右肩が激しく痛んだ。そこへ訪れるキサラギの二撃目は、空中へいる俺の頭部を狙ったハイキックだ。俺は左腕に仕込んだガードリストでそれを受け止める。しかし、それで銃を持つ左手が塞がった。奴は足を素早く引き戻すと、がら空きになった俺の脇腹にミドルキックを放った。かわせるスピードではない。着地と同時に半歩後退し、威力を軽減したものの、すさまじい衝撃が俺を襲った。肋骨が折れる鈍い感触。俺は不覚にも銃を手放し、キサラギはそれを手刀で遠方へと弾き飛ばす。こいつ、体術も並じゃねぇ！
「日本の空手という武術ですよ。Ｍｒローハインド」
奴はそう言い、俊敏な動作で俺から離れた。
「…死んだ振りしやがって、ファッキン・ジャップ！」
俺は苦痛にうめくように吐き捨てた。
「勝気があるなら最後まであがき続ける。ヤマトダマシイと言うやつです」
キサラギはぬけぬけと言い放ち、俺を見据える。
「…私をここまで追い詰めたガンマンは、あなたが初めてです。敬意を表して、今はまだ殺さずにおきます」
キサラギの手には、いつのまにか、俺が手放した右の銃が握られていた。奴の戦闘力と、俺の右肩の傷と骨折した脇腹を考えれば、俺に勝ち目はないことは認めざるを得ない。
「ありがとよ…ジャパニーズは慈悲深いな」
俺は皮肉を込めて言った。
「覚えて置いて下さい。あなたが父を狙うように、あなたは私のターゲットに選ばれました。あなたがグレス・ローハインドを殺すのが先か…私があなたを殺すのが先か…それはこれからあなたの修練次第です」
そう言い残してキサラギは俺に銃を投げ付け、刀を拾った後、踵を返して店を出ていった。周りで呆けていたカモッラもどきたちはそれを見て、我先にと逃げていく。数秒後、俺だけが取り残された。今までの喧騒が嘘のような、深い静寂が辺りを包む。俺は重い足を引きずり、キャビネットから一番高い酒を選び、ボトルごとあおった。灼熱感が喉を通り、胃を満たす。酔いが少しだけ、苦痛を和らげた気がした。大きく息を吐く。…『月の如く』と書いて、キサラギか…。これからは月を見る度、奴の事を想い出しそうだ。また一人、やっかいな相手が増えたな。しかし、それ程嫌な気はしない。むしろ、高揚感さえ感じた。それは親父の血を受け継ぐ証だった。強さに取り付かれ、強のみを求めた親父は、狂った。戦う事のみにしか存在意義を見い出せなかった。次第に、親父に張り合える相手はいなくなった。だから親父は、俺にそれを託した。俺に自分と本気で戦わせるために、己の闘争心を満たすためだけに、母を殺した。
そしてまた今日、俺の前に、同じく強さに狂った剣士を引き連れて、奴は現れた。俺の成長を見るために。どうやら俺は、奴の期待に答える事はできなかったらしいがな。まぁ、いい。次に逢う時は、その期待に充分こたえてやるぜ。しかし、俺は奴等とは違う。絶対に、俺は強さに狂いはしない…。俺はあの日、母にそう誓った…。 俺は煙草に火を付けた。深々と紫煙を吸い込み、吐き出した。酒を喉に流し込み、俺は思う。全てを破壊したその跡に、俺は自らが正しいと思えるものを、一から造り上げてやる。…そして、お前等に教えてやる。破壊など所詮、再生のための手段の一つに過ぎないとな…。 俺はこれから訪れるであろう激流の如き日々を想い、独り、穏やかに微笑んだ…。