E-9
「校長先生ッ、見てたんですか!」
「そりゃ、私も田植えでしたから。ああたの姿は、すぐ判りましたよ」
「そうでしたか……」
「畑作りの次は田植えなのかと、感心しとりました」
高坂との会話が続く中、公子に和美、大、浩、俊和と、教え子が次々と正門を潜って行く。
雛子の組で、残るのは哲也だけとなった。
(昨夜は、元気そうにしてたけど……)
母親と二人で風呂を借りに来た時は、母親の加勢が出来た事をたいそそう喜んでいて、今朝の様な兆候など全く見られなかった。
雛子の中で心配が膨らんでいく。
「そろそろ行きますかな」
「はい……」
鐘が定刻を知らせた。
登校した子供達の数は十八。後は、遅刻扱いとなる。
雛子は諦めて、校舎の方に向き直った。歩みを進めようとしたその時、背中越しに駆けてくる足音が聞こえた。
「先生ッ、おはよう!」
哲也だった。何時もの笑顔で、何故か、襷掛けした布鞄を大事そうに抱えている。
「おはよう!哲也君。ちょっと遅いわよッ」
雛子はそう言うと、哲也の尻をポンと叩いた。高坂の真似である。
「ごめんなさい!」
校舎へと走り去る哲也。
雛子と高坂は、顔を見合わせた。
「ああたのおかげで、あの子も随分と明るくなりましたな」
「いえ。あの子の方から飛び込んでくれたので、上手くいったんです」
「そうですな」
「ここまでは順調でしたが、これからが不安です。特に実力試験の結果が……」
心の中に残る、しこりの様な不安がため息と共に漏れた。
「最初に言うたでしょう。ああたの、思う様にやりなさい、と。後は私に任して」
「はい……」
高坂に優しい言葉を掛けられても、雛子の不安は払拭し切れない。
求める物はひとつなのに、そこに至るには幾つもの山が待ちかまえている。
(お父さんなら、どうするかなあ……)
雛子の中に、弱さが持ち上がった。