戯れの記憶-1
斎藤に連れられて来た居酒屋で、エリナは退屈していた。食べ物は少しも美味しくないし、ビールはぬるく、カクテルは甘すぎた。食べ物やアルコール、そして煙草の匂いが充満した店内の空気は澱んでいる。
男たちはエリナの体をじろじろと品定めするかのような視線を送ってくるし、女たちはテリトリーを侵される危険を察知するためか警戒心を漂わせる。とりあえず面倒くさいことにならないように、にこにこと微笑んですべてを受け流す。
こんな場所には興味が無い。けれども、この帰り道にはきっと斎藤がセックスの誘いをかけてくるものと信じて我慢する。岡田の言う、恋人同士の最高に気持ちの良いセックスをどうしても体験してみたい。
「斎藤、おまえいつのまにこんな可愛い彼女みつけてきたんだよ」
「てっきりみずきちゃんと付き合ってると思ってたのに」
男たちは斎藤を取り囲んでわあわあと騒いだ。斎藤はでれでれと相好を崩しながら、遠慮がちにエリナの背中に手をまわす。
「俺、高校のときからずっとこいつの・・・エリナのことが好きだったから」
ゆでダコのように赤い顔をした斎藤の言葉に仲間たちから嬌声が上がる。背中にまわされた手が震えているのがわかる。可愛らしい男。まるで子供ではないか。
そう思いながらもエリナはちらりと不安に思う。本当にこんな男とのセックスが最高なのだろうか。なにかが違うような気がする。いずれにしても試してみないことにはお話にならない。
退屈過ぎてあくびが出そうになるのをこらえる。斎藤がエリナの耳元で囁く。
「ごめん、エリナ、なんて勝手に名前で呼んで・・・その、あの、これから『加藤』じゃなくて『エリナ』って呼んでもいいかな」
「いいわ」
そんなことをいちいち聞いてくる男もエリナのまわりにはいなかった。斎藤はまた嬉しそうに笑い、エリナ、エリナ、と何度も繰り返して名前を呼んだ。適当に相手をしながら、店内に視線を巡らせる。
さっきから視界の端で明らかにエリナに敵意を持った目があるのに気付いていた。露出度の激しい服装、茶色い髪のショートボブ。どちらかといえば可愛らしい顔立ちの女。どこかで会ったことがあるような気もした。思い出せない。
女は斎藤の方をせつなげな目で見た後、厳しい視線をエリナに送る、というのを交互に繰り返している。わかりやすい嫉妬。面倒なことになるのはごめんだった。仲間とバイクの話に興じる斎藤に耳打ちする。
「あのむこうにいる女の子はだあれ?さっきから怖い目でこっちを見てるわ」
彼女のほうを見ることもせずに、斎藤はエリナの手をぎゅっと握った。
「気にしないでいいよ。エリナ、エリナのことは俺が守るから」
「あの子はきっとあなたのことが好きなのね。わたしは別にかまわないから、彼女の相手をしてあげて」
「エリナ・・・優しいんだね。でも、俺はあいつのことなんかなんとも思ってないんだ。わかってくれ、俺にはエリナだけなんだ」
暑苦しい言葉に思わずため息が出た。そういうことを言っているのではないというのに。わたしとはセックスだけしてくれればいい。あとはどんな女とでも好きにすればいい。どうしてそんなことをいちいち言わなければわからないのか。いらいらする気持ちを抑えきれずに唇を噛んだ。