戯れの記憶-3
仲間たちも散り散りに帰って行く。その中に、また疑いようのない敵意の視線を感じた。さっきの女とはまた別の、長い髪をくるくると巻いた派手な印象の女。トオルに腕を絡ませ、エリナを睨みつける。
エリナは心の中で笑う。あなたの男を盗ろうっていうんじゃないわ。ただちょっと貸してほしいだけ。
斎藤は上機嫌で話し続ける。次の日曜日は映画と水族館のどっちに行きたい?それともドライブか、バイクで二人乗りして遠出でもいいな、とかなんとか。背中にトオルの視線を貼り付けたまま、エリナはそのひとつひとつに微笑んで見せた。
仲間たちと別れ、斎藤とふたりきりになる。人通りも少なくなった夜道を家まで送ってもらい、お茶を淹れるからと部屋に誘った。物珍しげに家の中をきょろきょろと見回す斎藤の様子が面白いと思う。本当に子供みたい。
リビングのソファに座る斎藤はやっぱり顔を真っ赤にして落ちつかない。紅茶をいれたカップを渡し、隣に座って斎藤の顔をのぞきこむ。
「ねえ、どうしてそんなに顔を赤くしているの?」
「どうしてって・・・わかんねえけど・・・」
斎藤の頬をゆっくりと撫で、頭を引きよせてキスをした。驚いたような目の上にも唇を押し付ける。
「エ、エリナ・・・」
「わたし、あなたに興味があるのよ」
斎藤の大きな手をつかんで、洋服の上から乳房に触れさせる。自分からその手に柔らかなふくらみを押し付ける。
「ちょっ、こんな、こんなことされたら、俺・・・」
「こんなふうにされるのは嫌?じゃあ斎藤くんの好きなやり方を教えて」
「よ、酔ってるんだろ?だめだって、いきなりこんな・・・俺、ほんとにエリナのこと大切にしたいんだ。あの、ほら、酔ってないときに、それでもほんとに、俺としてもいいって思ってくれるんだったら、そ、そのときに・・・」
同年代の男はあまり相手にしたことが無くて勝手がわからない。ただ、斎藤のあまりにもまわりくどいやり方には本当にいらいらさせられる。エリナは体の力を抜いて斎藤にもたれかかった。がっしりとした腕がぎこちなくそれを抱きとめる。
「わたしに興味がないのね?」
「違う!そうじゃないんだ・・・でもさ、俺たちまだつきあったばかりだし、もっと、なんていうか、お互いのこと知って、関係が深まってからそういうことしたほうがいいかなって」
斎藤はエリナを抱きしめたまま、懸命に言葉を尽くして説明しようとしていた。話している意味はよくわからないが、その熱心さだけは伝わってきた。
「関係が深まるって、どうやったら深まるの?」
「うーん、一緒に遊びに行ったり、電話したり・・・とにかくふたりで時間を過ごしていくこと、かな」
「それは恋人同士だからすることなのね?」
「恋人・・・っていうとすごい照れくさいけど、うん、そうだと思う」
何事も簡単に手に入るものはそれなりの価値しかないということか。この面倒くさいやりとりを乗り越えた先に、望むものがあるのかもしれない。そう思えば急ぐこともないように思えた。ただのありふれたセックスならいつだってできるのだ。
「わかったわ。わたし、頑張ってみる」
斎藤は少し笑って赤い顔のままエリナを見つめ、小さな声でつぶやいた。
「頑張る、だって。エリナは面白いな・・・あのさ、俺、もう今日は帰るよ。だからその前に、もう一回だけ、キスしたい」
「あなたって、ひとつひとつ言葉にしないとできないのね。そんなもの黙ってやってしまえばいいのよ」
斎藤の唇が触れる。柔らかな感触を楽しむように軽いキスが何度も繰り返された。たまにはこういうのも悪くない。エリナは胸の奥にじんわりと温かなものが広がるのを感じた。
翌週の日曜日に一緒に出かける約束をして、斎藤は爽やかに手を振って帰って行った。ドアを閉じて、またエリナはため息をついた。子供のような男の相手は、楽しいけれども疲れてしまう。
リビングに戻ってソファに体を預けた。ぬるくなった紅茶をひとくち啜る。さっき斎藤に触れさせた胸が軽く疼いている。尖った乳首の先が下着の中で敏感になっている。
今夜はこのままでは眠れない。