やっぱすっきゃねん!VS-9
「トイレに行こうと思ってな」
父親は、気まずさをごまかす様に言葉を放つ。淳は「邪魔だったね」と言って、廊下の隅に避けた。
「すまんな」
淳の横を通り抜け、奥のトイレで用を足すと再び戻ってきた。
「そろそろ九時半になるぞ。いつまでやるんだ?」
父親が訊いた。彼なりに、息子の動向が気掛かりなのだ。
淳も、思いは解っている。
「もうちょっとしたら止めるよ」
「どうなんだ?明日は」
「さあね。勝負は時の運って言うし」
淳の言い草に父親は笑った。
「何が可笑しいんだよ?」
笑われたのが淳には気に入らない。思わず語気が強くなる。
だが、父親はしたり顔で言い返す。
「お前を見ていると“人事を尽くして天命を待つ”かと思ったがな」
そして、再び笑った。
淳は、見透かされているのが癪に障る。
「勝手に言ってろ……」
父親の存在を無視して、再びシャドウピッチングを始めた。
父親は、息子の一途に努力する姿をしばらく眺めていた。
時刻は九時半になろうとしていた。健司との楽しい酒宴も、後、一時間もすればお開きとなる。
「そう言えば、立花さんとは会ってるの?」
「いえ。最近はまったく……」
「寂しがってたよ。それに、新しいコーチも決まったそうだし」
一哉が佳代と修に話をしている最中、健司はようやく客間に姿を現した。
彼も、久しぶりの再会を楽しみにしており、お気に入りの焼酎を買いに出掛けていたのだ。
それから一時間半足らず。
ビールから始まった酒宴は、いつの間にか度数の高い焼酎へと移り変わり、今や最高潮を迎えていた。
加奈も、最初の一時間は客間に現れてはいたが、今はもう、男二人を放っておいて、明日の準備に余念がない。
「そうですか……大会後にでも行ってみますよ」
「ああッ!そうしてやって。立花さんも喜ぶよ」
健司の方はかなり酔いが回っていて、顔全体どころか首まで赤くなっている。一哉も、久々の楽しい酒に酔っていた。
一時的にだが、野球部の事は、頭の片隅へと追いやっていた。
「ところで藤野さん」
「何です」
健司が訊いた。完全に眼が据わっている。
「まだ、奥さんは貰わないの?」
あまりの、話題の変わり様に、一哉は飲みかけた焼酎を吹き出しそうになった。