やっぱすっきゃねん!VS-7
「何か、あったの?」
「何でもない……」
「変よ。試合に勝ったのに、素っ気なさ過ぎるわ」
気掛かりに思った妻は訊くが、永井は何も語ろうとしない。
そればかりか、
「ちょっと出掛けてくる。食事は要らないから」
そう言うと、シャワーを浴びて再び出掛けてしまった。
残された妻の中に不安が募る。過去に、あのような様子の永井を見た事がなかった。
「でも、明日は決勝だし、監督だから大丈夫よね!」
心配しても埒があかない。
妻は気丈に振る舞う事で気持ちを切り替え、脱衣所に脱ぎ捨てられたユニフォームやタオルの洗濯を始めるのだった。
自宅を出た永井は、タクシーを拾って町の繁華街へと向かった──ある人と会う為に。
かつて、一哉と初めて出逢った場所。わずか一年足らず前の事なのに、今は、随分と昔に感じていた。
到着したのは八時を少し過ぎた時刻。永井が店内を覗くと、相手は既に待っていた。
テーブル席に居たのは、現東海中野球部監督の榊だった。
「久しぶりだなあ!永井君」
「お久しぶりです!すいません、自分の方が遅れてしまって」
「まあ、いいから!座って、座ってッ」
早速、再会を祝した細やかな酒宴が始まった。
二人の下にビールや焼き鳥が運ばれて来た。
榊は何時もの様に飲んで食べているが、永井の方は、焼鳥に少し手を付けただけでビールを飲もうとしない──思い詰めた顔をしている。
「どうしたんだ?永井君。体調でも悪いのか」
見かねた榊が訊くが、永井は「いえ。大丈夫です」と答えて、呻るようにビールジョッキを傾けた。
「ああ、そういえば……」
それは、長い沈黙の続く中で榊が言った一言から始まった。
「──葛城さんだったかな?彼女から電話が来たよ」
「えっ!?」
永井が榊を見た──驚きの顔で。
「藤野君が辞めると言ったとか?」
「ええ……申し訳ありません」
「何故、君が謝る?彼女はどちらが悪いなどとは言ってなかったぞ」
「確かにそうでしょうが、藤野さんの変化を見抜けなかった責任は、監督であるわたしに有ります」
永井は、まくし立てるように言うとまた黙ってしまった。
榊はどう話を進めるべきかと考え倦ねる。
「君は今、藤野君の変化と言ったが、何が変わったと言うんだ?」
「それは……」
永井は、職員室で起きた一連の出来事を詳細に語った。
「……わたしの指示によって、選手、特にピッチャーが酷使されていると思い込んでます。
何故、考えがそこに至るのかがわたしには解りません」
「なるほど。君の言いたい事は解った。それで、わたしにどうしろと?」
「それは……」
「葛城さんは、わたしに慰留を頼んできた。君も同様か?」
榊は、煮え切らない永井に焦れていた。
「もし、藤野君を引き止めたいと思うのなら、何故、自分達でやらない?」
「多分、藤野さん自身が気付くまで慰留は無理です。ですから……」
永井はようやく、榊に対して呼び出した用件を言った。
「明日の試合を、彼と観て欲しいんです」
「明日の試合を?」
「あなたと試合を観れば、彼は必ず気付くはずです」
哀願ともとれる眼が、榊を見つめていた。