やっぱすっきゃねん!VS-6
「コーチ!今日はありがとうございましたッ」
「お前逹、素振りしていたのか?」
佳代も修も、滴る汗をタオルで拭っていた。
「試しに振ってみたら痛くないんで、つい……」
佳代がぺろりと舌を出す。
すかさず、修が追い討ちを掛ける言葉を吐いた。
「姉ちゃん、キャッチボールもやるなんて言うんですよ」
「うるさい!お喋りッ」
修の頭に佳代の平手がヒットした。何時もの一悶着が始まりそうなところを、一哉は制して佳代の方を見た。
「佳代。医者に止められているだろう。ちゃんと守らないと駄目だぞ」
「はあ……」
「ほら見ろ!」
叱られた佳代は、意気消沈して俯いてしまった。
「優勝すれば、全国大会まで一週間の余裕が出来る。その時に頑張ればいいんだ」
「分かりました……」
しかし、一哉の説得に頷く佳代の胸には疑問が涌いていた。
──優勝って、誰が保証してくれるの?
しかし、言える訳がない。
これまで、一哉がしてくれた事を考えれば、意見するなど出来るはずもない。
(黙ってよう……)
佳代の頭の中で、一哉との思い出の場面が浮かんでは消えた。
野球を辞めようとした時、誰よりも残るように説得された。
そして、野球部コーチに就任してからは、増長していた自分を気付かせられ、ピッチャーになる時も推してもらった。
何より、野球の楽しさを教えてくれた。
──でも、わたしは明日、コーチを裏切る。
佳代は心の中で、一哉との決別を決めていた。
学校でのミーティングを終えた永井は、車でニ十分程の距離に在る自宅に帰り着いていた。
「お帰りなさい」
彼を、妻と二才の息子が玄関に出迎えた。
「ただいま」
「どうだったの?試合は」
永井は中へと上がりながら「ああ、勝ったよ」とだけ言った。
途端に妻は笑顔で永井の方を振り返る。
「すごいじゃない!明日勝ったら優勝でしょうッ」
我が事の様に喜ぶ妻に対し、永井は冷めた調子で「そうだね」と答えるだけだった。
「あなた。どうかしたの?」
妻が異変に気付いた。
何時もは、試合の勝敗が感情に出易い永井が、今日は逆に押し殺している。