やっぱすっきゃねん!VS-5
「何時も言ってるけど、気にするなって!仕事だから仕方ないのは解ってるから」
さらに言葉は続く。
「それよりさ。ちょっと、家に帰るの遅くなるから」
「どうして?」
「これ食ったらさ。こいつと練習するんだ」
母親の目が、驚きの色に変わった。
「遅くなるって、どのくらい?」
「分んないな。納得するまでだから」
「そんな……身体壊すわよ」
母親らしい、気遣いの言葉。だが、秋川はそれを退ける。
「このところ、ずっと活躍してないんだ。悔しいだろ、このままじゃ」
「でもさ……」
「とにかく、遅くなるから」
「じゃあ、気をつけてね……」
母親は口出しを辞めた。言い出したら利かない息子だと解っているからだ。
「どうだった?」
厨房から父親の声がした。
普段は、息子の事など気にも掛けないのに、今日に限って訊いてきた。
「それが、聞いてよ……」
母親は意外だと思いつつも、息子がやろうとしてる事を、感情混じりに伝える。
あわよくば、父親に止めてもらおうという魂胆があった。
しかし、父親は小さく頷くとこう言った。
「男がこうと決めてやるんだ。放っておけ」
料理人であり、父親としての武骨な答え。母親は、諦めのため息を吐いた。
「やっぱり親子だわ……」
その時、来店を告げる入口の呼鈴が鳴った。母親は仕事の顔へと表情を変えて、来客を出迎えに向かった。
身なりを整えた一哉は、健司の自宅に向かう道すがらにスーパーへと立ち寄った。
誘われたとはいえ手ぶらでは気が引ける。手土産でもと思った。
ビールに酒の肴を幾つか、それに家族への土産としてデザートを購入した。
「こんばんは」
一哉が澤田家に着いたのは、八時より少し早い時刻だった。
加奈に「さあ、上がって!」と出迎えられ、リビングの隣にある客間に通された。
「これ、どうぞ」
一哉が手土産を差し出した途端、加奈は顔をしかめる。
「また、こんなに!何も要らないって何時も言ってるじゃないッ」
「わたしは料理もしないので、これぐらいしか“姉さん”に喜んでもらう事を知らないんですよ」
歯に衣着せぬ物言いの加奈を、一哉は時折“姉さん”と呼んで皮肉っていた。
当然、加奈にしてみれば受け入れ難いジョークだ。
「本当に、嫌味なんだから……」
ひと言、苦言を残してキッチンへと消えた。すると、入れ替わるように佳代と修が客間に姿を現した。