やっぱすっきゃねん!VS-3
明日に備える練習を終えた直也は、帰宅したその足で風呂場に向かった。何故か、思い詰めた表情をしていた。
「ふう……」
明日の沖浜中戦。先発の稲森省吾と抑えの橋本淳は、自分の完投で休ませる事が出来た。
だからと言って、自分の出番がないとは限らない。むしろ、投げると考えといた方が良い。
疲労を少しでも取って準備しておこうと、直也は湯船に浸かりながらマッサージを繰り返す。
(それにしても……)
頭の中に、先ほどまでの光景が浮かんだ。一哉が投げるリカッターが描く鋭い軌道が。
(何とかヒット性の当たりを打てるようになったが、それは来ると分かってるからだ。
他の球種を織り混ぜたコンビネーションで、果たして打てるのか……)
直也は、すぐに思いを打ち消した。
(やる事はやったんだ。それに、事前にどんな球か分かっただけでもありがたい)
風呂を終えた直也は、ストレッチをしようとリビングに向かった。
「おお、上がったか」
そこには、兄の信也が寛いでいた。
直也には意外だった。信也の姿を八時前に見る事など、滅多にないからだ。
「兄貴、早いね」
「明日は練習が休みでな。今日も早めに終わったんだ」
信也は「それよりも」と言って、自分の傍らを指差した。
「お前、此処に寝ろ」
「えっ?」
「俺がストレッチしてやるから」
「い、いいよ!」
突拍子もない申し出に、直也は思わず拒否を示す。
野球をやりだしてからこっち、兄に身体のケアを受けるなど前代未聞の事だ。
しかし、信也も、
「心配するな!俺のストレッチは、先輩に高評なんだぞッ」
そう言って譲らない。
結局、直也が折れてリビングの床に寝転がる事になった。
自慢するだけあって、信也のストレッチは上手かった。特に、腰から股関節にかけては、時々、利用するスポーツ・トレーナー顔負けの素晴らしさだ。
野球も高校ともなれば、身体のケアも含めてが練習となる。
実力のある野球部は、トレーナーやアドバイザーなど、ケアの方法をプロに教わり、部員同士で実施する。
特に三年生のケアを一年生が行うのは、どの野球部も慣例のようだ。信也も同様に、所属する野球部で習得したものだった。
「ぐ……き、効く」
吐息まじりの声が漏れる。
信也の顔に笑みが浮かんだ。
「これをやっとけば、だいぶ楽になるからな。明日の決勝でも力を発揮出来るぞ」
「兄貴……」
「明日の決勝、俺達もスタンドで観させてもらうからな。悔いのない試合をしてこい」
兄弟であり、先輩としての言葉だった。
「ありがとう……」
直也はそれ以上、何も言えなくなった。