屈辱の夜-5
みずきのハンカチを受け取りながら、マミはぽつりぽつりと話しだした。
「あのね・・・昨日、飲み会にトオルくん来てたじゃない?・・・それで、わたしチャンスだと思ってずっとそばにいたの・・・」
たしかに飲み会の席で、マミはトオルにずっと話しかけ、酒を注ぎ、露骨なほどボディタッチを繰り返していた。誰が見てもわかるほどの愛情表現。ストレートな性格のマミらしい。
「うん・・・それで?」
「それなのに、トオルくん・・・わたしのことなんかちっとも見ないの。隣にいたのに、だよ?前に何度か会ったときはもっと優しかったし、相手もしてくれたのに・・・」
「えぇ?でもそれって、ほら、レースの話に夢中だったからとかそういうことじゃないの?」
「違う!」
怒りをあらわにした表情でマミがテーブルを叩く。混みあった店内の客たちから咎めるような視線が飛んでくる。
「マミ・・・落ちついてよ。わかったから、ね?なんなの?いったい何があったの?」
「あの斎藤くんが連れてきた女の子、いたじゃない・・・トオルくん、誰ともほとんどしゃべらないで、ずっとあの子のことばっかり見てた・・・」
心臓がぎゅっと鷲掴みにされたような気がした。顔に出さないように、態度に出ないように、興奮するマミをできるだけ優しい声でなだめた。
「そんなの、マミの気のせいじゃない?トオルくん、ただ疲れてぼんやりしていただけかも・・・」
「わたしだって、そう思ってた。最後までずっとぼんやりしているみたいだったし・・・でも、見ちゃったの。帰りに店の外で、トオルくんがあの子に何か渡しているところ・・・斎藤くんがいない隙に、キ、キスしてたの!ほんとよ?嘘なんかじゃない」
「見間違いとか・・・」
「違うってば!だいたい、あの子なんなの!?斎藤くんはみずきとつきあってたんじゃないの!?せっかくもうちょっとでトオルくんとつきあえると思ってたのに、なんであんな女に邪魔されなきゃならないのよ!」
マミは興奮が冷めやらない様子でぐびぐびと水を飲んだ。みずきは混乱してきた。トオルくんとエリナが?でも一樹くんの彼女だって言ってたのに・・・わからない。
「そういえば、みずき、昨日は途中で消えちゃったからどうしたのかと思ってた。大塚さんもいなかったから、みんな『ふたりで楽しんでるんじゃないのー』なんてネタにしてたよ」
ずきん、と胸に痛みが走る。つい数時間前までのことがはっきりと思いだされた。手足の震えが止められなくなる。マミが心配そうな声が遠くに聞こえる。目の前が暗くなり、吐き気がこみあげてくる。
「え・・・みずき、真っ青だよ?ねえ、まさか、ほんとに・・・?」
「絶対、絶対にだれにも言わないって約束してくれる?」
「い、言わないけど・・・どうして?大塚さんなんかと・・・」
マミにすべてを話した。加藤エリナは斎藤と同じくみずきの高校時代の同級生であること。4年間尽くした斎藤にふられたこと。それはエリナが斎藤を誘惑したからに違いないこと・・・そして、エリナを襲ってもらうために大塚に体を許したこと。
「ね?わたし、最低だよね・・・自分でわかってる。でもどうしても、あの女のこと許せないの・・・」
「最低なんかじゃないよ、友達だもん。みずきの気持ち、すごくわかるよ」
マミは友達らしい共感を示し、あんな女、ボロボロにされてしまえばいい、死んじゃえばいい、と口汚く罵った。『みずきの気持ち、すごくわかるよ』だって。よく簡単にそんなことが言えるものだと思う。
一樹くんに抱かれるために着ていったあの下着の上から舐めまわされた気持ちが、殴られて犯されて何度も何度もなかで出された気持ちが、あんたにわかるの?わたしがされたこと、ぜんぜんわかってない。わかるわけない!
どす黒い怒りが湧いてくる。
「ほんと?ほんとにそう思う?・・・じゃあ、マミも協力してくれる?」
「いいよ!わたしにできることがあったら何でも言ってね?あ、時間だ、そろそろ行かなきゃ遅刻しちゃう!」
みずきの分もあわせて食器を片付けにいくマミの後ろ姿を見ながら、みずきは立ち上がった。なんでも、か。そんなに言うならマミにも『協力』してもらおう。わたしだけがこんな目に遭うなんて、おかしいもの。
だってわたしたち、『友達』だもんね。
大塚の精液にまみれて泣き叫ぶマミの姿を思い浮かべて、みずきは静かに笑った。