宴のあとで-10
約束の時間ちょうどにエリナがレストランに着くと、斎藤はすでに待っていた。高校時代と変わらない爽やかな笑顔が懐かしく、少しだけ楽しい気持ちになった。
斎藤は顔を真っ赤にして目をそらす。
「加藤、すげえ綺麗になった・・・俺、びっくりしたよ」
「ありがとう。さあ、行きましょう」
斎藤の腕をとってレストランの階段を上がる。ここは岡田とよく一緒に来る場所なので慣れていた。
「なんか、俺こんなとこ来たこと無いよ・・・」
メニューを見ても何を頼んだらいいのかわからないというので、ワインからコース料理まですべてをエリナが決めてオーダーした。そういう頼りなさは悪くない、とエリナは思った。知ったかぶりをして己を飾ろうとする男よりはよほど好感が持てる。
高校時代の思い出話、印象的だった先生の話、クラスメートのその後の噂、斎藤はよくしゃべった。ナイフとフォークがうまく使えずに悩む顔も可愛らしい。
「俺はほら、高校卒業してからすぐに働きだしただろ?それでちょっと金が貯まったからバイク買ったんだよ。山の中を走ったりするんだ。仲間もいっぱいできてさ、すげえ面白くて・・・あ、ごめん、俺ばっかり話して、つまんないよな」
「そんなことない。斎藤君の話は好きよ」
「好き・・・って、そんな」
また顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。エリナのまわりにはひとりもいないタイプの男だった。
「わたし、あなたに興味があるわ」
斎藤の顔がますます赤くなる。水をがぶがぶ飲みながら、調子が狂う、と呟いている。
「あ、そうだ。明日の夜なんだけど、バイク仲間との飲み会があるんだよ。よかったら一緒に来ないか」
「どうして?」
「い、いやだったらいいんだけど、その、あの・・・か、彼女だって、俺の彼女だって、みんなに紹介したいから」
この斎藤という男は何かを根本的に勘違いしている。けれどもエリナはいちいちそれを訂正してやるほど親切ではない。「彼女」というステイタスがセックスするまでの間に必要ならば、別にそれでも構わない。明日は仕事の後なら特に予定も無かった。
「いいわ。連れて行って」
「ほ、ほんとに?か、彼女って、いいの?ほんとに?」
エリナが微笑んでみせると、斎藤は椅子から転げ落ちて床の上に転がったまま大喜びした。変な男。ボーイが飛んできて斎藤を抱え起こす。
食事が終わった後、エリナはてっきり斎藤がベッドへの誘いをかけてくるものだと思った。それなのに彼はキスひとつせず、手も握らずに真っ赤な顔をしたまま「また明日!」と帰ってしまった。
男とセックスをするのがこんなに手間がかかるものだとは。はっきり「あなたと寝たいの」と言ってあげなくてはいけないのだろうか。世話の焼ける男。
そう思いながらも、エリナは新たに愛玩用のペットを手に入れた飼い主のような気持ちになっている自分が嫌いではなかった。
そして次の夜、思いがけずもうひとりの同級生との再会が待ち受けていた。それはエリナにとっては何の問題もないものだったが、相手にとっては運命を狂わせるほどに大きな意味を持っていたのだ。