加藤エリナという女-2
また、彼女が欲しがるものはしばしば両親を不思議がらせた。それは小さな駄菓子屋の陳列棚の端にあるほこりにまみれたビー玉であったり、商店街の豆腐屋さんに飾ってあった古い置物であったり、隣の家に暮らす老婦人が愛用しているハンカチであったりした。
「どうしてこんなものが欲しいの?」
そう大人たちにたずねられても、エリナにはうまく答えることができなかった。ただ欲しいと感じるだけなのだ。それらが自分の傍に無いことが、ひどく不当なことのように思えてしかたがないのだ。成長してからエリナは当時の自分の気持ちをそのように振り返る。けれども幼い彼女にそんなことが言えるわけも無く、手に入れることができた喜びをにっこりと幸せそうな笑顔で表すばかりだった。
ただ、そうして実際に手に入れてしまったものに対してはそれほど興味を持続させることができない。だから彼女の家の物置には、一瞬で飽きられてしまった哀れな残骸たちが積みあげられていた。
思春期を迎え、まわりの同級生たちが異性を意識し始める頃、エリナの欲するものは急激に変化した。端的に言えば、彼女は男が欲しいと思うようになった。まだ何をどうすればよいのかわからなかったけれども、自身の中から突き上げるような異性を求める衝動を日々持て余していた。
エリナは当時から鏡に映る自分が好きだった。血管が透けて見えるほどの真っ白な肌とぱっちりした大きな瞳、そして華奢な肩、すらりとした手足。長く伸ばした黒髪がさらさらと頬にかかったのをかきあげる仕草などは、それだけで多くの少年たちの注目を集めたし、また同性たちからの嫉妬の的となるのに十分だった。
中学2年生の夏、エリナは自由参加の水泳教室を担当していた若い男性教師に夢中になった。やや背は低かったけれども、引き締まった肉体を持ち、日に焼けて快活に笑う様子がたまらなく素敵だと感じた。
欲しい、と思った。
ほかの女子生徒たちのように彼に群がってきゃあきゃあと騒ぐようなことはせず、ただ静かに彼にを見つめた。わずかに潤み、熱をともなった視線で。
蒸し暑く騒がしい更衣室でエリナは濡れて体に張り付く紺色の水着を脱ぎ、丁寧に髪を梳かしながらその男性教師のことだけを考え続けた。
「エリナちゃん、スタイルいいよね。うらやましい!」
「ねえ、おっぱいだってすごく大きいのにこんなに細くて、ずるいよー」
誉め言葉ともやっかみともつかない同級生たちの言葉を適当に受け流し、鏡に映る自身の姿を眺めた。貧相な体の同級生たちのなかにあって、彼女の体はすでに大人の女へと成熟しつつあった。どうすれば彼をわたしのモノにできるのだろう。わからない。
答えの出ない問題に苛立ちを隠しきれず、彼女はさっさと制服を身につけ、濡れた髪のままで更衣室を出て男性教師の元へと向かった。