淫獄の宴-3
5分ほど過ぎたころ、店のドアが開いて坂谷さんが出てきた。
「あはは、みんな残念がってたよ。さあ、行こうか」
大きな手がわたしの背中を軽く押す。やっぱり触れられるのが嫌で、やんわりとその手を押し戻して距離をあけた。それでも特に気分を害した様子も無く、坂谷さんは歩きながらわたしの話をゆっくりと聞いてくれた。部長やほかの男性に体を触られるのが嫌で泣いてしまったことも話した。
「それは大変だったなあ・・・でもいまどきちょっと触られたくらいで泣いちゃうなんて、大森さんは純情なんだね」
坂谷さんは冗談めかして笑った。
「みんな大森さんのことが可愛くてしかたないんだよ。ほら、スタイルもいいし、美人だし。俺だってすごく可愛いって思ってるよ。ねえ、彼氏はいるの?」
「そんなひと、いませんよ・・・」
きれいだとか可愛いなんて、これまで一度も言われたことが無い。嬉しくなって、少しずつ気分が良くなって、一緒に歩くうちに気がつけばわたしは声を出して笑っていた。ちょっとほめられたくらいで単純すぎると思うけれど、やっぱり女性として誉めてもらえるのは嬉しかった。
もうすぐ電車の最寄り駅に着くというところで、坂谷さんが立ち止まった。もうずいぶん散ってしまった街路樹の桜の下、漠然とした不安に落ちつかなくなる。
「坂谷さん・・・?」
返事が無い。怪訝に思って顔をのぞきこもうとしたとき、腕を掴まれて建物の影になるところに引っ張り込まれた。思い切り抱き締められ、息もできなくなる。わたしは何が起こったのかわからず、ただ呆然とされるままになっていた。
「大森さん・・・可愛いよ、ねえ、キスしてもいい?」
「えっ・・・」
その言葉に答える前に、もう唇は重なっていた。困ります、と言おうとしても、腕の中から逃れようとしても、すごい力で押さえつけられて身動きができない。舌が口の中に絡みついてくる。思い切り吸われて息も苦しくなる。どうにか顔を背けて腕の中でもがいた。
「んっ・・・やめ・・・やめて・・・」
「少しだけ、少しだけだから」
坂谷さんの手が白いブラウスのボタンを引きちぎる。布が裂ける音がする。下着も外されて乳房が丸見えになってしまう。太い指が痛いほどの力で胸を揉みしだく。乳首のまわりを舌が這い、固く尖ってきたところを思い切り噛まれた。
「痛っ・・・痛い・・・っ」
それでも坂谷さんはやめてくれなかった。何度も何度も裸の胸に吸いついてくる。すぐ脇の通りを過ぎるひとたちは、チラリと横目でこっちを見てもすぐに見ないふりをして行ってしまう。
坂谷さんが耳元で囁く。
「ああ、可愛いよ、大森さん・・・君があんまりかわいいからこんなこと・・・」
「ひどい・・・坂谷さん・・・っ」
乳房をさんざん嬲られているうちに、恐怖に強張っていた体が少しずつ熱を持ち始める。乳首に唇が当たるたびに全身がびくびくと震える。
「僕と一緒に来てくれる?このままじゃ帰れないだろ?」
坂谷さんが引き裂かれたブラウスの上から自分が来ていたジャケットをかけてくれた。胸の先が痛いくらいに敏感になり、自分の体に生まれた未知の感覚をどう処理していいのかわからない。坂谷さんの言葉がぼんやりと聞こえてきて、わたしは深く考えることもできずに「はい」と小さく答えた。
本当に馬鹿だったと思う。
あのとき、坂谷さんを振り切って部屋に帰っていれば、わたしは、わたしは。