淫獄の宴-2
始まりはちょうど1年前だった。あの日の喧騒、お酒の匂いまでが強烈なフラッシュバックで蘇る。
それは、会社の新入社員歓迎会の日。わたしはまだ大学を卒業したばかりで、慣れない会社の雰囲気に戸惑い、宴会の最中も酒臭いおじさんたちに囲まれてなんとなく居心地の悪い思いをしていた。
ほとんど男性ばかりの職場に女性が入ってくるということで、みんながわたしのそばにわらわらと集まってきた。酔った男性たちは無遠慮にわたしの肩を抱き寄せてきたり、露骨に足を触ってきたり。お酒がそんなに飲めるわけでもなく、酔っ払いをうまくあしらうすべも知らなかったわたしはどうしていいのかわからず、ただ顔を真っ赤にしてじっと耐えていた。
隣に座っていた部長の手が、わたしのスカートなかを探り始め、太もものその奥の下着を撫でながら荒い呼吸を始めたとき、とうとう耐えきれなくなって「お手洗いに行ってきます」と席を立った。
店の中は他にもたくさんのグループが飲み会をしていて、楽しそうな嬌声が飛び交っている。わたしは居酒屋の廊下を走り、女子トイレに駆け込んで泣いた。どうしてこんなことされて黙っていなくちゃいけないんだろう。でも就職難のなかで、せっかく勝ち取った就職先を失うわけにはいかないし。
いままでおつきあいした男性にも一度も触れられたことのない体を、あんな酔っ払いにべたべたと触られることが吐き気がするほど苦しかった。
トイレの個室でさんざん泣いていると、ドアを何度もノックされた。個室の数は多くない。あわてて涙を拭って、使ってもいないトイレのレバーを捻って水を流した。
すみません、と個室を出て次のひとに譲り、手を洗いながら鏡を見た。居酒屋の薄汚れた鏡に映るのは、乱れた髪に真っ赤な目、涙で流れてしまったお化粧、ひどい顔。こんなことくらいで泣いてしまう自分の弱さに腹が立って、それが悔しくてまた泣けてくる。ざぶざぶと水道の水で顔を洗い、ハンカチで拭った後、もう今日はこのまま帰ってしまおうと心に決めた。
女子トイレから走り出たところで、思い切り何かにぶつかった。暗い廊下にバッグや化粧ポーチが散らばる。よろけた体をがっしりとした腕に抱きとめられ、反射的に顔を見た。
「坂谷さん・・・」
爽やかな笑顔。社内でも取引先でも評判の良い、上司たちから可愛がられている男性社員。思わずつきとばしてしまった。嫌だ、男の人に触られたくない、気持ち悪い。体の震えが止まらない。
「ご、ごめんなさい・・・」
「いいよ、気にしないで。大森さん、気分悪そうだったから心配で見に来ただけだから」
坂谷さんは微笑んだまま、散らばったバッグの中身を拾い集めてくれた。入社したその日から何かと世話をやいてくれる。わたしよりもずっと年上で、大人の余裕が感じられた。
「わたし・・・あの・・・」
バッグを受け取りながら、今日はもう体調が悪いので帰りたいと小さな声で伝えた。坂谷さんは立ち上がって残念そうにうなずいた。
「そうか・・・みんな大森さんが帰ったら寂しがると思うけどな・・・じゃあ、俺、みんなに言ってくる。ちょっと待ってて、途中まで送るから」
「そんな、大丈夫です、ひとりで帰れますから・・・」
「もう時間も遅いから、ね?店を出たところで待ってて」
「あの・・・」
あっというまに坂谷さんはみんなのいる部屋へ戻ってしまい、わたしは仕方なくお店を出てすぐのところでぼんやりと立っていた。来週からの仕事のことを考えると、無視して帰るわけにはいかない。
目の前を週末の夜を楽しむカップルや飲み会帰りのグループが楽しげに笑いながら通り過ぎていく。わたしもあんなふうに笑いたい。また少し悲しくなって、街灯の光が滲んで見える。