カノジョノキモチ-3
「あの……ちょっと、やりすぎちゃって……」
彼女は既に服を着ていた。無表情で、うつむいている。僕を、見ようともしない。
先程まで朱に染まった肌も、今は白く、妖しい瞳も平静を取り戻していた。
「でも、最初は、君が襲ってきたんだよ?」
銀縁眼鏡がこちらをチラと向いた。奥の瞳が非難がましく僕を見つめた。
しかし、それも一瞬で、ぷいとすぐ下を向き視線を僕から逸らした。
相変わらず、だんまりである。いっそ罵倒された方が、楽だと思った。
「黙ってちゃ、話が進まないよ。そういえば、さっき首に噛み付いてきたよね?」
沈黙が続く。
彼女は僕から目を逸らしたままだ。
やがて無表情のままで、観念したように口元がほんの少し動いた。
「……血を吸うと、ああなるの。わたしにも、何が何だかよくわかんなくなるの」
「血を吸うと、って……」
「時々、男の人の血が欲しくなるの」
「……吸血鬼?」
「吸血鬼って言わないで!」
今までの無表情や、か細い抑揚のない声が嘘のように彼女が叫んだ。
そして、僕にキッと強い視線を一瞬向けると、またうつむいて表情を消した。
「じゃあ、なんと呼べば」
「ミク、でいい。それより、あなた何でまだここにいるの? わたしが怖くないの?」
「君は、別に怖そうには見えないな……それに少し興味も湧いてきたんだ」
「興味なんか、持たなくていいわ。……今日の事は、わたしも忘れるから」
「僕は、忘れたくないな」
僕は、ついそのように言ってしまっていた。
ミクはムッとした顔を見せた。これが、本来の彼女の表情なのか。
先ほどの、妖しい顔とはまるで違っていた。
真面目な女子高生の怒った顔という感じだ。
「君って、A女子高の子なんだよね? これってバレるとまずいんじゃないかな?」
「……あなたって……卑怯者」
「それに、時々男の血がいるんだよね? 誰でもって訳にもいかないんじゃない?」
「……」
「あとよく分かんないけど、血を吸うと、興奮、してきちゃうんだよね?」
「……うるさい。言っとくけど、あの時のわたしは、わたしじゃないんだから」
「とりあえずさ、僕と友達になってよ、ね? 悪いようには、しないよ」
「……いらないわよ、友達なんて――」
こうして、僕はミクに脅迫まがいの付き合いを迫ったのだ。
今考えると、何故そこまでと思うが、彼女に魅了されてしまったのだとしか言えない。
なんというか、苛めたくなってしまう。
彼女の生真面目な反応が、僕をそうさせてしまう。
どこか気品を感じさせる彼女のふくれっ面は、僕の目に可愛らしく映った。