序章・そんな流れでこうなりました。-1
(…俺、やっぱ返事間違えたか…?)
キッチンからは、とんとんとん、とテンポ良くまな板を叩く音が聞こえる。
その音を鳴らす相手は俺に背中を向けていてバレようもないのに、盗み見るようにこっそりと視線を向けた。
膝上15cmのデニムワンピを着た女の子の後ろ姿がひとつ。
エプロンのリボンがウエストできゅっと結ばれており、女性特有のやわらかそうな桃尻が容易く想像つく。
長らく女の子とは縁遠い生活を送っていた俺はその姿を見ているだけで下半身が小さく鳴いてしまい、目を逸らして平静を装った。
事の発端は30分ほど前。
バイトから帰っていつものようにPSPの電源を入れた直後の、突然のチャイムからそれは始まった。
「夜分遅くに失礼いたします。美坂 楓(みさか かえで)さんのお宅でお間違いありませんか?」
『あ…はい。…え?』
玄関を開けた先に佇んでいたのは、現在キッチンで料理をしてくれている女の子。後にわかるのだが、名を優羽(ゆう)さんという…らしい。
深いお辞儀ではじめまして、と挨拶をする優羽に、俺は少なからず動揺した。
ご近所さんにこんな可愛い子はいないし、事務的な発言や礼儀正しさは家出少女とも結びつかない。
訪問時間や彼女の持ち物――そこまで大きくないスーツケースと食材の詰まったエコバッグ――は、何かの押し売りとも考えにくい。
一瞬のうちにあり得ない速度で頭をフル回転させたが、やっぱり意味がわからない。
(え、誰?なんで俺のこと知ってるの?つーかその大荷物は何?)
疑問符だらけの俺に優羽はにっこりと微笑み、きれいな二重がまなじりを下げ涙袋で目が細くなる。
乳歯のように小さくて並びのきれいな歯がちらりと俺を覗いた。
「突然のことで失礼は重々承知の上ですが、この度は美坂さんにお願いがあり訪問させていただきました。いま、お手隙でしょうか?」
俺に時間の有無を確認する笑顔の優羽。
へりくだった言い回しと反した堂々たる立ち居振る舞いに、暇なのも断れない性格なのも全て見透かされているような気がしてしまう。
そのまま押し切られるかたちで部屋に上げると、優羽の口から発せられたのは…
すぐには、いや、時間をもらったとしても容易には理解しがたい内容だった。