白雪姫-1
翌日アニョンはコロニーの広場に姿を現したが、誰とも口を利かずに沈んでいた。
私は彼女に近づいて話しかけた。
「いったいどうしたんだい、アニョン?
お小遣いが足りなくてアバターが生き返らなかったのかい?」
アニョンはデニムのジャンバースカートに水色のブラウスを着ていた。
ツイン・テールはやめてポニー・テールにして前髪を簾のように垂らして幅広い眉を見え隠れさせていた。
顔を上げて私を見たアニョンはまた再び目を伏せると言った。
「私のアバターがどこかに行っちゃった。
それだけでなくて私見たこともない空間でお姫様になっていたの。
そして意地悪な王妃に毒を飲まされて生死の境をさまよっているところ」
「毒だと知っていて飲んだのかい?」
「いかにも怪しいと思ったけれど、そこでは筋書き通りにしないと駄目なんだ。
毒はりんごに入っていて、ひと齧りすると私は意識不明になるのよ。
そしてどこかの王子様が現れてキスしてもらうのを待っているの。」
アニョンは下を向いたまま。私の顔も見ようとしない。
「どこかで聞いたような話だな」
アニョンはジャンバースカートの裾のほつれた糸を見つけて、指で引きちぎっていた。
「私はそんな話、初めて聞くよ。
怪しい婆さんからりんごをもらうなんて、そんな馬鹿なお姫さまの話しなんか知らないよ。
でも、それが私のアバターなんだから嫌になっちゃう。
私のコントロールも効かないし……王子さまはずっと現れないから昨日はずっと待たされていた。
何回オンラインしても、その場面にしか行けないし。
もう最悪だよ。お小遣いは使い果たしてしまったし」
「大丈夫だよ、きっと王子様が助けに来てくれるよ」
アニョンは眉間に皺を寄せて、初めて私を見た。
唇を口の中に入れて噛んでから
口を尖らせた。
「じゃあ、その王子さまとファースト・キスをするの?
で、その後龍の谷に戻れるの?」
「そうだな……物語が終われば、戻れるんじゃないかな」
アニョンは今まで見せたことのない怖い顔をした。
普段下がり気味の眉尻を上げて、黒目勝ちの目に白目がはっきり見えるほど目を剥き出して鼻柱に小皺を寄せていた。
口元が大きく歪んで白い歯が牙のように光った。
「本当? どうしてわかるの?
ハヤテ、いい加減なこと言わないでよ。
ゲームの世界のことなんか全然分らないくせに」
「そ……それは」
アニョンは私の胸を両手でどんと押すと、ロータスハウスの方に戻って行った。
誰かが、まだ時間じゃないだろうと声をかけていたが、アニョンは返事をしなかった。