旅-1
「旅に出ようか?」
聞き慣れた声が鼓膜を震わす。
突然そんなことを言いだした君は、隣で何時ものように少し哀しげに微笑んでいる。
旅。
ただその一言にどことなく惹かれるのは、それを君が言ったからだろうか?
「あてもなく、さ。どこか遠くまで行きたくはない? 誰も知り合いのいない、見知らぬ場所まで」
言いたいことはわからなくもない。
君はいろいろなものを抱えて、抱えて、でも持ちきれなくて。
だから君は、沢山のことに疲ている。
その細い肩が震えている。
でも、本当は何も持ってないからなんだよね。
君はいつか言っていた。何も持てずに生きていくのは、とても辛くて、寂しくて。
だから君は、ここにはいられない。
みんな、何かを持っているから。
君は、何かを探しているから。
でも、僕は知っている。君も本当は知っている。
場所が変わって、人が変わって、でも自分が変わらないと世界は変わらないって。
「きっとみんなほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行こう」
ジョバンニの真似をしてそう言う君は、少し悲しそうで。
僕はどんな顔をすればいい?
怒ればいい?
悲しめばいい?
それとも、笑えばいいのかな?
「君は優しいね。ありがとう」
そう言ってまた、君は微笑んだ。
――そして、君は旅に出た。
僕は、変わらずここにいる。
君の世界は変わりましたか?
僕の世界は変わりました。
僕は、君が変えた、君のいないこの世界で、いつまでも君を待っています。
そしたら今度は僕から誘おう。
『一緒に旅に出ないかい?』
宮沢賢治・著「銀河鉄道の夜」より一部引用