恋していた-9
一つ息をついて椅子に座り、「座れば?」と私の後ろにあった椅子を指差した。
彼女は私が座るよりも前に、話しを始めた。
「あいつさー、トシ、お姉ちゃんのこと好きだったんだ。
でも、お姉ちゃんは高橋さんが好きだったの。」
高橋さん、と呼び方が変わってることに気づいたけど、私は黙って話を聞いた。
「俺のものとられたーって思ってるみたい、今でも。
だから、先生の大事なもの横取りしたかったみたい。」
そこまで言って、私をじっと見る。
…なんだろう?
伊藤さんは、先生みたいな呆れた顔をした。
「はぁーあ。」
大きくため息をついて、ガラガラと音を立てて椅子ごと私の隣に移動する。
私が右を向いて彼女を見ると、伊藤さんが大きな目で私を見ていた。
「長いまつげ…」
「え?」
「あ、ううん、何でもない。」
「お姉ちゃん自殺未遂したんだ。」
「えっ…!」
「嘘だったんだけどね。」
「えぇっ!」
突然の話題と展開の早さに驚いて、口が開けっ放しの私を横目で見て、話を続けた。
「嫌な話って、思う?」
「そんなこと、ないけど…。」
「でもさーあ、お姉ちゃんはそんなタチの悪い嘘ついちゃうくらい、高橋さんが好きだったんだよね。
…だからって嘘が許されるわけじゃないけどさ。」
「そう、なんだ…。」
「高橋さんのことが好きで好きでしょーがなくて、自分がどれだけ彼を好きか本人に知ってほしくて、隠し事とか嘘ついたりなんかできるタイプじゃないのに、嘘をついた。
あなたを想って死のうとしたの、って。」
私は想像した。
菜美子さんの顔とか、表情とか、先生に対する気持ちを。
「だけどお姉ちゃんってね、妙に世間知らずっていうかお嬢さま気質なとこがあって、それがどんなことになるかちっとも分かってなかったんだよね。」
「どう、なったの?」
「もぉさー、大変だったよ!」
伊藤さんは、あははっと大きな声で笑って、お手上げ、という様に手を振り上げた。
伊藤さんの笑顔は段々引き攣って、しぼむ。
後に残った切なげな表情が、会ったこともない菜美子さんと重なって、私はなんだか胸が痛くなった。