恋していた-12
「畑本ちゃんも電話聞いたなら分かると思うけど、お姉ちゃんはずっと先生に連絡をとり続けてんだよ。」
また、ここらへんが、ずき、と痛くなった。
「お姉ちゃんって、自分では分かってないけどずるいところがあるから。
先生が何か責任を感じてて、お姉ちゃんのことを拒否し切れないってことを無意識に悟ってるんだよ。」
そうなのかな?
先生も、まだ菜美子さんのことが好きなんじゃないのかな。
「私はお姉ちゃんのことは好きだし、幸せになってほしいって思ってるけど…先生は、これ以上お姉ちゃんに縛られるべきじゃないよ。」
伊藤さんは、立ち上がって強い眼差しで私を見た。
「先生も幸せになって良いんだもん。」
目が離せない。
「だって、分からない…。
私は先生のこと好きだけど、先生の気持ちは分からないんだよ。」
「先生のこと好きなら、分からない振りしてる場合じゃないよ、畑本ちゃん。
分からないなら、聞いてみればいいじゃない。」
どうしても目を逸らせなかった 。
伊藤さんの言うことは全部正論だから。
でも、怖い。
先生にキスしたとき、私は一度逃げてしまったから。
だって、私が先生に必要な存在になれるなんて考えたこともない。
そんなの、とても信じられない。
だって私はまだ子供で、先生は大人だ。
立場も年齢も違う、先生の生きてきたときを…私は知らない。
伊藤さんにお礼を言って別れた後、いつの間にか数学準備室の扉の前まで来ていた。
でも、私にはノックもできない。
ぽろり、と涙が頬を伝う。
「なん、で…?」
この扉、こんなに大きかったっけ。
…そっか。
ここは、「数学準備室」で、先生の家の扉じゃないんだもん。
私と先生のつながりはここだけ。
私は、生徒だから。生徒でしかないから。
用もないのにこの扉は開けられない。
今まで私は「先生」という存在に憧れていただけだった。
だけど、私は「高橋先生」自身を好きになってしまった。
いつの間にか、先生は私には鮮やか過ぎて近寄ることも出来なくなってた。
本当に好きになってしまったら、彼の心に想う人がいることは耐えられない。
確かめることさえ、したくない。
こんな私に、先生の苦しみを取り除くことなんて…できない。
私は、とぼとぼと下駄箱に向かって歩いた。