第4章-3
「市田さんのキャリアなら将来は間違いないでしょうけど、あえて忠告するとすれば、こんなに綺麗な奥さんを大切にすることですな…ハハハ…」
「は、はい。それは、もう…」
そんなことを言われ、光一さんはすっかり畏まってしまっています。
「私も若い頃は仕事、仕事で、家庭を省みなかったものだから、妻には逃げられてしまいましてねぇ…。まあ、私が悪い見本だと思って下さいよ…ふふふ…」
「そんな悪い見本だなんて、やめて下さいよ、峰岸さん」
「でも、奥さんは大事にしないといけませんよ…ねぇ、奥さん」
私は、峰岸さんの顔も光一さんの顔をまともに見ることができません。
「そりゃあ、最近は忙しくて、あまり相手をしてやることができなくて、申し訳ないと思ってるんだ。それなのに、毎日家のことをきちんとしてくれて、本当に感謝してるよ」
お酒が入っているせいか、光一さんはいつもより冗舌でした。
「羨ましいですな、奥さん…私が心配するのも余計なお世話でしたかな?ふふふ…」
峰岸さんが意味ありげな口調と含み笑いを私に向けてきます。一方、光一さんは、私と峰岸さんとの間に起こったことに気づく様子もなく、隣で私を持ち上げるようなことを言い続けていました。
それからは、二人は、料理とワインを楽しみながら、世界の金融情勢や日本の経済問題について話を続けていました。私にも多少の知識はありますが、二人のレベルにはとてもついていけず、居心地の悪さを感じながら、光一さんの隣で大人しくしているだけでした。
やがて…
「おや、おや…すっかり酔ってしまわれたようですな」
光一さんは、酔い潰れてしまったのか、ダイニングのテーブルに突っ伏しています。
「光一さん…光一さん!」
光一さんの肩を揺すり、呼びかけますが、気持ち良さそうな寝息を立てて起きる気配がありません。
「さあて、奥さん…そろそろ今夜のメインイベントといきますかな。ククク…」
峰岸さんはブランデーグラスを片手にリビングのソファに移動すると、今までの紳士的な態度を一変させ、あの卑劣で厭らしい顔を私に向けてきました。
「メイン…イベント…って、何ですか…?」
光一さんの肩に手を乗せながら、聞き返す私。
光一さんがここにいるのに、まさかとは思いますが、峰岸さんの顔を見ると、嫌な予感が止まりません…。