第4章-2
――翌日
「いやあ〜まさか峰岸さんがあの有名な峰岸さんとは思いもしませんでした」
夕方から光一さんと私は峰岸さんの家に招待されたのでした。
峰岸さんは、若くしてアメリカの大手金融機関の役員にまでなって、今は自分の会社を作って、多くの投資家から預かったお金を運用している社長さんなのでした。同じ業界にいる光一さんにとって、峰岸さんは憧れの存在のようでした。
「市田さんだって、まだ若いのにレーマン・ブラザーズ証券の日本法人のマネージングディレクターですか。将来有望ですなぁ」
「僕もいつか峰岸さんのように、自分の会社を作って、運用を任せてもらうのが夢なんです。よかったら、これからも色々なお話を聞かせて下さい」
「マンションの隣人同士、これも何かの縁でしょう。私でよかったらいつでもいいですよ」
私と二人きりのときに見せる卑劣で厭らしい表情など全く見せず、峰岸さんは、どこまでも紳士的な態度です。そんな、峰岸さんに光一さんはすっかり有頂天になっていました。
「おや?奥さん、浮かない顔をしてどうしました?私の料理が口に合いませんかな?」
「えっ?あ、いえ…とても美味しいです」
慌てて料理を口に運びます。
「どうしたんだ?寛子。朝からぼーっとしちゃって。具合でも悪いのか?」
光一さんが心配そうに声を掛けてきます。
「いえ、ごめんなさい。大丈夫です」
光一さんに微笑み返し、取り繕うように、また一口、二口と料理を口にしました。
「もしかして、お酒が足りませんかな?」
峰岸さんがワインのボトルを差し出してきます。
「い、いえ…大丈夫です…」
先日の懇親会以来、お酒を口にしていない私は、ワイングラスには殆ど口をつけていませんでした。峰岸さんもそれを知ってか知らずか、それ以上勧めてきませんでした。
「市田さんも遠慮しないで、どうぞ」
「あ、すみません。いただきます…しかし、今日の料理は全部、峰岸さんが作ったんですか?凄く美味しいですね〜」
光一さんは、峰岸さんとお話をするのが余程嬉しいのか、いつも以上にお酒も料理も進み、口数も多いように思えました。
「なあに、妻に逃げられてからとうもの、することと言ったら料理ぐらいしかありませんでね…市田さんの奥さんに比べたらまだまだじゃないですかねぇ…ハハハ…」
峰岸さんと一瞬目が合いますが、直ぐに逸らせる私…。